2016-04-23

政と源 : 三浦しをん

『政と源』 三浦しをん

 「幼馴染もの」が続いてしまった。先日読んだ『泣き菩薩』が爽やかに甘い若者三人組だったのに対して、こちらは抹香と湿布の匂いを漂わせつつも甘い老人二人組。

 元銀行員の国政とつまみ簪職人の源二郎。

 定年後、妻子に愛想尽かしをされるほどの仕事人間で、傍から見て面白味がある風でもなく、色々と屈託を抱えているらしい国政が、生命力に溢れ、やることはハチャメチャだがとても愛情深い源二郎にめちゃくちゃ見守られてるっ。幼い頃に戦争で家族を失い妻とも早くに死別した源二郎は、明るく元気で人気者という外見の裏で、愛情を注げる相手にやりきれないほど飢えているのだ。

 ・・・王道だ。なんかこういうの、一昔前のBLの王道だったな・・・。さすがにこの二人はそういう展開にはならなかったけどな。

 国政が胸の内をいちいち全部言葉にするので、「しをんさん、そういうことはあまりあからさまにしないで、匂わす程度にしとく方が奥ゆかしいんでは・・・」と思ったりもしたんだけど、(源二郎以外には)誰にも伝わらない想いのいちいちを言葉にして噛みしめ孤独を深める国政をちょっと愛しく感じるのも事実。

 誰かと関わりたい、心を満たされたい、安心できる何かに身をゆだねたい・・・そんな精神状態に沁みる甘さとやさしさ。この甘さにじんわり目頭があつくなるようでは、ちょっと今わたし、ヤバいのか?

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2013-05-18

本屋さんで待ち合わせ : 三浦しをん

『本屋さんで待ち合わせ』 三浦しをん

 とにかく本や漫画を読んでばかりいるという三浦しをんさんの書評+本にまつわるエッセイ集。先に出たエッセイ集『お友だちからお願いします』と並んでちょっと「よそ行き仕様」か?

 しをんさんは『ちゃんとした評論ではなく「好きだー!」「おもしろいっ」という咆哮になっちゃってる』とおっしゃっているけれども、『シュミじゃないんだ』に充溢していたような、(良い意味で)見苦しいまでの情熱の迸りは少々抑え気味に(何せあれは、「逆に読者が引いてしまうのでは?」という危惧すら抱いてしまうほどだった)、しをんさんが感じたそれぞれの本、作品の美点、それらが私たちに伝えてくれることなどが、少しかしこまった調子で語られている(「ウン○を食べる話」の話に4ページが費やされていたりもするが)。

 でもやっぱり、かしこまった中にも抑えきれない情熱と興奮が「ボコッ、ボコッ」と噴き出して見えるところはあり・・・丸山健二の小説やエッセイ、浅生ハルミン『猫座の女の生活と意見』、吉田篤弘『圏外へ』が私の「読みたい本リスト」に加わった。それに太宰治『津軽』を読んで身もだえ、のたうちまわってみたい気もする。あと、橋本治の『双調平家物語』もやっぱり読まなきゃなぁ・・・。


 本書には『東海道四谷怪談』についての一章がある。『あやつられ文楽鑑賞』での、しをんさんの古典芸能に対するツッコミや洞察は鋭く深く、目からウロコの思いがしたのだけど、しをんさんはここでも驚きの考察を披露してくれる。お岩の顔を醜く恐ろしく変えてしまう伊藤家秘伝の「命を奪うことなく、面体だけ崩れさせる薬」について。「腹痛の薬」や「証拠の残らぬ暗殺用の薬」と違い、こんなに用途の特殊な、たいして需要もなさそうな薬を伊藤家の人々はなぜ代々伝わる秘方の薬として持っていたのか? しをんさんの推理が冴える!  もしも、お梅と伊右衛門がめでたく結婚したとして・・・伊右衛門もいずれ「面体崩るる秘薬」を盛られる運命か・・・ こんな風に骨の髄まで楽しんでもらえたら鶴屋南北も嬉しいだろう。





【過去記事】
『シュミじゃないんだ』・・・http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-188.html

『あやつられ文楽鑑賞』http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-213.html

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2013-05-11

お友だちからお願いします : 三浦しをん

『お友だちからお願いします』 三浦しをん

「はじめに」にある通り、ちょっとよそ行き仕様なエッセイ集。

 福山雅治の『東京にもあったんだ』について考察した「イメージと実態」において、しをんさんは、私が福山氏に感じているわだかまり(?)を見事に言葉にしてくれた。福山雅治さんって、いくつもの分野でアーティストとしての表現とポピュラリティの獲得を両立している、とても才能溢れる方だってことはもちろん納得している。それでも時に、“・・・なんで、そんなにまでスマートなんだ・・・?”と、何やらすんなり呑み込めず、ひっかかるものを感じることがあるのだ。その正体が何なのか、しをんさんはこのエッセイで解明してみせてくれたのだった。すっきりした。
 

 さて、収録されたエッセイのいくつかで、しをんさんは、美しいと感じるもの、幸福な記憶・情景・時間について書かれている。これは、彼女の小説『風が強く吹いている』を読んだときにも感じたことなのだけど・・・しをんさんが美しいものや幸福感について語るときには、いつもそばに切なさや寂しさが寄り添っている。そのことが・・・良いなぁ、素敵だなぁ、と思う。

【過去記事】 人はなぜ「美しい」がわかるのか : 橋本治 → 風が強く吹いている : 三浦しをん




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2013-05-04

舟を編む : 三浦しをん

『舟を編む』 三浦しをん

 ・・・主人公が荒木氏でなくて残念だ。

 若き日の荒木公平が、大学図書館の書架に清浄な光を放って並ぶ『日本国語大辞典』~十年以上の歳月をかけて編纂された全二十巻の大部の辞書~と対面するシーンは、荒木が『大渡海』編纂を託す運命の男・馬締を見出す場面よりも、馬締が早雲荘の物干台で大きな月を背に立つ香具矢に出会う場面よりも、はるかに美しく、感動的な「見染め」の場面だと思うのだ。こんな印象的な「見染め」の場を演じた荒木氏が脇役に回ってしまうのは何だか惜しい。

 荒木氏が脇に回ってしまったおかげで、何だかストーリーにずぶずぶとのめりこんで読むことができない。・・・となると、細かいことが気になってくる。

 その1・・・馬締の辞書編集者としての適性を示すエピソードとして、馬締の趣味が「エスカレーターに乗るひとを見ること」であり、電車を降りてホームに溢れた人波が整然と二列になってエスカレーターに吸い込まれていく様を「うつくしい情景」だと思っていることが語られるが・・・ 人が一時「モノ」となって整然と流されることにより実現されるスムーズな通行よりも、個々の人間としての我を通すことが優先されぶつかりあう博多駅では、ホームからエスカレーターに向かって動く人の群れは、美しいどころか「カオス」であると言える。確かに、東京の住人である馬締にとって、ホームからエスカレータに吸い込まれていく人波が「秩序だって美しい」ものであるというのは間違いではないけれど・・・「エスカレーターに乗るひとの流れが秩序だって美しい」のはすごく限定的な範囲でのことだろうと思う。

 その2・・・馬締と「(辞書の見出し語としての)男と女のことで揉めている」という辞書編集部員・岸辺が、『女』の語意について、例えば『男ではない方の性。または、そう自認しているもの』でもいいではないかと言う。では、“そうありたい”“そうである”と思いさえすれば、“そういうもの”として存在できるのか? 自称公務員、自称ウエスト56センチ、自称乳幼児・・・。

 その3・・・『あがる』と『のぼる』の違いについて考える馬締。『あがる』と『のぼる』の間に見出した法則にこだわりすぎて、すべての例を無理やりその法則に沿うようにこじつけていないか、馬締?

 その4・・・後楽園遊園地で観覧車に乗る馬締と香具矢。香具矢は観覧車を「楽しいけど、少しさびしい乗り物」だと言い、馬締は「少しさびしいけれど、静かに持続するエネルギーを秘めた」観覧車を遊園地の乗り物の中で一番好きだと言う。美しいシーンだ。だけど、美しいシーンであるだけに、観覧車は「少しさびしい乗り物」として固定されてしまい、それ以外の属性を失くしてしまう。


 ある事、物、言葉に何らかの意味を見出し、姿を与えた途端に、こぼれてしまうたくさんのもの(こと)がある。この小説は、刻々と姿を変え続ける広大な言葉の海に挑み、その海を渡る舟を編もうとする人たちの想いと願いと情熱を語ると同時に、そういうことをあらわにして(実践して)しまってもいるんじゃないだろうか?




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2011-12-17

木暮荘物語 : 三浦しをん

『木暮荘物語』 三浦しをん

 いつか読んだマンガのキャラクターの台詞をなぞるようで、ちょっと苦笑いなんだけども・・・「気持ち」っていうのは、ただ一人でいる自分の中にあるものじゃなくて、“自分”と“誰か”の“間”に生まれるものなんだなぁと思わせる連作短篇。

 木造ボロアパート木暮荘に暮らす住人たちの日常とちょっとした事件。身につまされたのは、木暮荘の大家・木暮老人のお話。真面目に働き、結婚し、家族を作り、穏やかに暮らし、穏やかであったからこそ、心から誰かを、何かを激しく求めることもなく過ごしてきた木暮老人。何も悪いことはしていないはずの木暮老人が味わう悲憤。

 これがツケなのかもしれない。

 悪いことはひとつもしていない。だが、だれかに自分の心を伝える必要を感じたことも一度もない。その怠慢のツケが ~略~ 襲いかかってきたのだ~


 これは怖い。身に覚えがありすぎて怖い。私にも、木暮老人のように孤独と怒りと悲しみを味わわなくてはいけない日がいつか来る。このままでは、絶対、来る。誰かを求めることをしない・自分の心を誰かに伝える必要を感じない ~ これってやっぱり怠慢なんだろうか? そうじゃなかろうかと薄々思ってはいたんだけど・・・。


 “自分”と“誰か”の間に生まれた気持ちは、どこかにきちんとおさまるべき場所があるとは限らず・・・相手には渡し損ね、自分でも消化できず、宙に浮いているけど手放すこともできない気持ち。そんな上手くおさまるところの見つからない「気持ち」の小袋を身体のあちこちにたくさんぶら下げて生きていくのを、実りある人生というのかもな・・・と思ったり・・・。




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2011-02-26

天国旅行 : 三浦しをん

『天国旅行』 三浦しをん

 「心中」をテーマとする短編集。

 首吊りに失敗した男と、それを見ていた男。長い人生の間、何度か共に死ぬことを考えたことのある妻へ夫が遺す遺書。何十年も先に逝った二人の夫の死をなぞるように、静かな死を迎えたおばあちゃん。夢に見る心中女の姿に巻き込まれていく女。自殺した男子高校生と、その死の真相を追う二人の少女。恋人の幽霊と暮らす青年。一家心中の生き残りの男の思い。

 たとえ時間や、空間や、次元さえもが隔てられていたとしても、誰かの「死」が他の誰かの「死」(もしくは「生」)とつながりあうということ。

 
 様々な「心中」のヴァリエーションの中で描かれる人の思い。

 絶望、愛、安堵、恐怖、疑惑、依存、不安、諦め、憎悪、希望・・・「死」と「死」の、あるいは「死」と「生」の結び目にあった思いとは何なのか。




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2010-07-17

神去なあなあ日常 : 三浦しをん

 高校卒業をひかえて、先の進路を決めるでもなくだらだらしていたところを、家族と担任の陰謀によって、林業研修生として三重県の山奥深く、神去村にたたきこまれた平野勇気。山で働く男たちの中で揉まれ、都会育ちの身には超常現象的ですらある神去村の自然の中で成長していく多感な勇気少年の1年。

 孤独 ~人の中にある決して誰とも共有できないもの~ を多く描いてきたしをんさんが、否応無く価値観と体験を共有することなしには生きていけない小さな村をお話の舞台としたことに、“、、ぉ・・・!”と思った。

 自分の一部を、村という共同体に完全に溶け込ませて生きるということはどういうことなんだろう? 孤独とは真反対の生活をしをんさんがどう書くのか興味があったのだけど、そういう生臭いとこは、村の人たちに仲間として認められる誇らしさや、人智を超えた山の自然に包まれる感動にきれいにコーティングされてた。

 何だかきれい事でまとめられちゃったような不満も無いわけではないけど、神去はただ人の生活の場としてあるんじゃなくて、村(人)+山(人外)の世界なんだなぁ。そんな世界では、人は大抵のものをおおらかに受け入れるのんびりした言葉であるとともに、ダメなものをすっぱり切り捨てる怖い言葉でもある「なあなあ」を口癖に生きていかなきゃいけないし、そんな世界だからこそ、山の神さまに愛された男の姿にちょっと感動してしまう。

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2010-03-31

星間商事株式会社社史編纂室 : 三浦しをん

 星間商事株式会社社員・川田幸代は人生の過半数の年月を同人誌作りに捧げてきた。訳あって社内一の閑職社史編纂室に飛ばされた幸代は、ヒマなのをいいことに職場で同人誌原稿をコピーしまくっている現場を上司の本間課長に押えられ、同僚達の前で同人誌にエロ小説を書いていることをカミングアウトする破目になる。

 一方、社史作りの過程で幸代たち社史編纂室のメンバーは、会社が隠そうとするある秘密を掘り当てる。高度経済成長期、星間商事がアジアの小国サリメニで行っていたこととは・・・。

 幸代に届けられる脅迫状! 会社にまつわる黒い噂。上層部からの圧力に、幸代たちは会社の闇の真相を同人誌として発表し一矢報いることを決意する。星間商事株式会社社史編纂室発行初の同人誌「サリメニの女神」は冬コミ合わせ!

 同人誌製作の腕を見込まれた幸代を中心に、冬コミへと走り出した本間課長、みっこ、矢田ら社史編纂室の仲間?たち。持てる能力と情熱を全て注ぎ、プライドをかけて事を成し遂げんとする社史編纂室メンバーの熱さに感動すると同時に、それが誰にも何にも期待されていない者たちが、同人誌というもしかしたら誰の注意も引かぬかもしれないものを作るという“トホホ”な行為であることに何ともフクザツな気持ちになる。

 折々に、趣味と友情、趣味と家族、趣味と生活なんていう諸問題も顔を出す。

 同人誌作りにプライベートな時間とボーナスの全てをつぎ込んで何が悪い?! 公言するほどのことではないけど、誰はばかることのない趣味! ・・・のはずなのに、どこかにうっすら後ろめたさと不安があったりして・・・。そんで、もはや人生と言ってもいいほどの一片の悔いも無いはずの自分の趣味に対して、そんな微妙な感情を拭いきれない自分自身に忸怩たるものもあったりして・・・。あああああぁぁぁぁぁ・・・・やっぱり“トホホ”な感じ。

 でもね、“トホホ”と泣き笑いしながらも、やらずにはいられない。そのことが美しいんだよねぇ、きっと。

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2009-10-14

光 : 三浦しをん

 三浦しをんさんの小説を、こんなに何も感じないままに読み終えたのは初めてのことで、愕然としてしまう。

 突然、謂れのない暴力、悪意に薙ぎ払われた者。日常的な悪意、暴力にさらされ続ける者。善悪も意味も持たない暴力によって損なわれ、回復することのない傷を負った者達の生。

 人が負った傷について、又、人を取り囲む悪意、暴力、誤解、無自覚、無関心ということについて・・・そういうものを書くことに気負い過ぎたのではないかと思わせる程、この小説は頑なで、広がりと豊かさが感じられない。どうも、机上でひねり出されたお話を読まされている気してしまうのだ。

 理不尽な悪意に対して、悪意で応えるということを、私は決して悪いことだとは思わないけれど、登場人物の一人が語る『暴力で傷つけられたものは、暴力によってしか恢復しない。』などという言葉は、「ペーパークラフト」「きみはポラリス」収録)で語られた『復讐なんて、だれにもできない。』という言葉の切実さに比べ、どうしても虚しく、空々しく思えてしまう。

・・・そう感じてしまうのは、彼らに刻まれた傷を思う心が私に欠けているからなのか? それとも、彼らのとる言動が私の嗜好に合わないという、個人的好みのせいなんだろうか?

 求めたものに求められず、求めてもいないものに求められる。よくある、だけどときとして取り返しのつかない、不幸だ。


 「他者は自分に応えてくれず、自分は他者に応えることができない」という不幸。これだけは、作中の人物達の根本的な悲しみとして、辛うじて感じることができた。

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2009-10-03

ビロウな話で恐縮です日記 : 三浦しをん

 まぁ、日記っちゃあ日記なんですが、他人が読んでも面白いように、たっぷりのサービス精神で盛られております。

 この日記が書かれた2007年、しをんさんはちょこちょこNHK大河ドラマ「風林火山」を見ておられたらしく、その話題も2,3度登場する。

 で、

 『ところで殿の顔って、いつも魚眼レンズで映してるみたいに見えないか。』

 という、遠慮会釈もなくズバリな感想に、頭をゴイーンと殴られ脳震盪をおこした私。(殿=武田信玄=亀治郎さん。「お屋形さま」と呼ぶ人が多いように思うが、しをんさんは「殿」と呼ぶ。)あまりの衝撃に、文字の背景に“ドギャーン!!!!”という効果音が見えた。

 曰く、殿は「迫力あるのっぺり顔」なので、勘助・殿・勘助・殿・・・とカットが切り替わる時、殿だけ魚眼レンズで映しているように見えると・・・。うくっ。否定できない・・・むしろ、私もそう思う。しかし、私には・・・しをんさんのように無邪気にその事実を書くことはできない。(もちろん、しをんさんは殿ののっぺり顔と、たっぷりすぎな演技を好ましく思っているのである。)

 う~ん~ それにしても、「風林火山」放送時、私は亀治郎さんの「迫力あるのっぺり顔」を、「好きな顔じゃねぇな~」と思って完全にスルーしていたのだよ。それが今じゃこの体たらく。生身の舞台で見るカメ様は恐ろしいほど素敵なのでしたわぁ。


 その他、ちょっと硬い話も。『性別に基づいて社会が要求する役割』に違和感と反発を感じるらしいしをんさん。性別に起因する問題とか、男女の役割、特性について何度か考察がなされているんだけど・・・

たぶん多くの女性が男性に求めることは、実行は難しくとも、たぶん性別にかかわらず多くのひとにとっての理想の「人間像」だと思えるのだが、たぶん多くの男性が女性に求めること(=家事や育児を完璧にこなし、笑顔をたやさず、いつも美しく、相手を立てる、など)は、いざ自分が求められると、たぶん性別にかかわらず多くの人が「けっ」と思うようなことだというのは、どういうことなんだろう。


という考えは、ちょっと一面的すぎやしないかなぁ。しをんさんの周囲には「男性と食事に行った時、奢ってくれなかったらちょっと憤慨する女性」はいないのかなぁ。それとも、「二人で食事をした時に奢ってくれる人」というのは、性別にかかわらず理想の人間像なんだろうか?

 それに、誰かと一緒に生活するとなると、一人でいたときの主義主張って、生活実態にあわせてかなりなし崩し的に変化しちゃうもんじゃないかと思いますよぅ。実生活に即して考えるなら、問題にすべきは、その人が持ってる主義主張じゃなくて、相手&自分自身が“実態に合わせて主義主張を変える柔軟性を持っているか”もしくは、“主義主張に合わせて生活を律するストイックさを持っているか”の見極めをすることなんだと思うんだけど。ついでに、「育児(家事)を手伝う夫」っていうあり方も問題にされてるけど、そういう言葉で表されていることの何割かは、実態としては「状況に応じてそれぞれが出来ることをしている」であるとも思う。

 でも多分、しをんさんが問題にしてるのは実生活に即してのことじゃないと思うので・・・

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