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2018-11-24

ヘンな日本美術史 : 山口晃

『ヘンな日本美術史』 山口晃

 三浦しをん『風が強く吹いている』単行本の装画のいい感じ具合がとても好きで、以来、画家・山口晃氏の名前にはちょっと反応してしまう。TVのドキュメンタリーなどを見ての印象は、むずかしいことも、ややこしいものも軽々と描いているように見える「ものすごく上手い人」。

 タイトルに『ヘンな』とあるからには、『すゞしろ日記』のようなユルさと可笑しみ漂う内容かと思ったのだけど、語り口はやわらかながらも、虚心坦懐、真摯に先人の絵と向き合った「山口晃流日本絵画の見方」というべき真面目な絵画論。でも、新聞や教科書や専門書なんかに載る美術評論に比べると『ヘン』なのかなぁ~、もしかして。

 私にとってはすごく気になる、「あ、そこもうちょっと詳しく・・・」ってことが、第一章「日本の古い絵」の鳥獣戯画のくだりで語られている。
 日本の美術を考えたとき、私は「枠」とか「入れ物」という言葉が思い浮かびます。他の国の人たちが中身で勝負するときに、日本人というのは外側でそれをするのです。器とか枠と云ったもので何か物事と向き合うような所がある。

 これ、歌舞伎の魅力にも通じるとこじゃないかと思うのです。私が魅かれてやまない何か。技のかぎりを尽くしてこの上なく美しく精緻につくられた「入れ物」。「枠」や「入れ物」があることで生まれる「中空」。そこに何物かが湛えられている、または流れ込んでいく様を思うとザワザワして仕方がないのです。


  

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2018-09-22

髑髏検校 : 横溝正史

『髑髏検校』 横溝正史

 この横溝正史の手による和製ドラキュラ小説、歌舞伎化を想定して書かれたか、ないしは歌舞伎の舞台を頭の中に描きながら書かれたか・・・。まるで読む歌舞伎といった趣の伝奇時代モノ。 歌舞伎座で花形役者の競演を観ているような気分でとってもワクワク、夢のひと時を過ごしました。

 文化八年正月、房州で揚がった鯨の腹から瓶詰の書物が現れる発端から、長崎留学中の蘭学生・鬼頭朱之助が西海の孤島で体験した髑髏検校の怪異を語る序幕。やがて江戸に姿を現わした髑髏検校が巻き起こす凄惨な事件の数々と、それを阻止せんとする鳥居蘭渓と三人の美剣士たち。読みながらず~っと配役考えてました。

 美しき吸血鬼・髑髏検校は幸四郎さん、その眷属・松虫、鈴虫の上臈二人は七之助さんに児太郎さん。髑髏検校の餌食となる美女たち~将軍家斉の姫君・陽炎姫は梅枝さん、その腰元・琴絵は尾上右近くん。ヴァン・ヘルシング役鳥居蘭渓に芝翫さん、三人の美剣士~蘭渓次男・前髪の美少年縫之助に隼人くん、陽炎姫の恋人にして外房州鯨奉行所勤番の秋月数馬は松也さんかな~、琴絵ちゃんの許婚・朱之助は勘九郎さん。縫之助の幼馴染・小夜ちゃんに米吉くん、髑髏検校一味となる狂気の鳥居家長男・座敷牢に囚われの大膳は獅童さんか。あ、亀鶴さんもいいなぁ~。髑髏検校の眷属となった陽炎姫に取り殺される歌舞伎役者・中村富五郎は必然的に検校と一人二役だね。

 と、まぁ・・・随分楽しみながら考えたのだけど・・・。又五郎さんの蘭渓に歌昇さんの数馬ってのも見てみたいし、陽炎姫は後の姿を考えれば猿之助さんでもいいかもしれない。染五郎くんがもうちょっと大人びてくれば縫之助が似合いそうだし、巳之助くんの大膳も捨てがたい。いやまて! 菊之助さんの髑髏検校に菊五郎さんの蘭渓ってのもォォ!

 これ、八月の納涼歌舞伎とかでやってくれないかなぁ。 



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2016-05-28

すずしろ日記 : 山口晃

『すゞしろ日記』 山口晃

 三浦しをんさんの小説『風が強く吹いている』単行本の表紙絵が好きだ。ものすごく上手い、のに何か可笑しい。古典の香りもありつつ新品くさい。ものすごく手が込んでいるのに、「ぷす~っ」と空気が抜けるように軽い。面白くて、ず~っと飽きずに眺めていられる。その表紙絵を描かれたのが山口晃氏。

 墨一色の筆づかいも流麗に高名な画家先生の優雅で華やかな交遊と暮らしぶり(妄想)を描いた「元祖 すゞしろ日記」に、「元祖~」よりぐっとくだけた「UP版すゞしろ日記」、他雑誌の特集記事のために描かれたものなど収録。

 何しろ小さなコマにぎゅうぎゅうに書き込まれた文字を読むのに難儀するが、当時30代の人が描いたとは思えない古めかしさ(氏の生まれ年を考えると年相応の昭和臭とも言えるのか・・・)、どうでもいい話題の〝どうでもいい具合”とそこに添えられた氏のユーモラスな自画像が心地いい。

 何度か登場する『グルメ篇』。食べ物がどれも美味しそうだ、というか食事を楽しむ山口氏ご夫妻の様子が良いせいで、出されているものがよけい美味しそうに見える。作中ではご自身の小市民的な姿を強調しておられるが、おそらく庶民ではちょっと気の張る高級店ではないかと思われるお店で、程よく寛いで美味しい食事を楽しんでいるその鷹揚さは、小市民どころか太平の世のお殿様クラスだと思う。何だか内田百閒の随筆を読んで感じた百閒先生という人の上等さに似ているような気がする。

 『縁側に二時間おきっぱなしのぬるま湯のような境遇に育った』というユルさは本当のことかもしれない。だけど、そういう人には色々のお世話をやいてくれる人が不思議とあつまってくるんだよねぇ、きっと。


 


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2015-10-24

文系の壁 : 養老孟司

『文系の壁 理系の対話で人間社会をとらえ直す』 養老孟司

 解剖学者・養老孟司氏と4名の〝理系の知性”との対談。

 理系的なセンスを身につけたくてこの夏取り組んだ課題『理系本を読む』。理系のセンスなんて一朝一夕に身につくものではなく、この先長くつきあっていかなくちゃいけない課題だけども、いつまでも理系本読んでると他に読みたいものも読めないので、一応の中締めのつもりで読んでみた一冊。

 のっけから「やっぱりそうなのかっ!!!」と驚き半分、やっぱり!感半分だったのが、森博嗣氏の「僕は言葉で考えていません」という発言。氏の思考の大部分は映像であり、数字を扱う場合も座標や形で考えるのだとか。そこに言葉が介在する必要は無いんだな・・・森氏の場合。

 この夏読んだ理系本に載っていたたくさんのグラフや図。読者の理解を助けるために載せられているはずのそれらの図やグラフの意味するところがちっとも理解できなくて閉口した。文系の私は図やグラフを理解するためにはそれらを一度「言葉」に置き換えなければならず、残念ながら私の頭の中にはそのための翻訳ソフトが入っていなかったのだ。「理系」といわれる人の多くはその翻訳作業を必要としない人たちなのかな・・・?

 社会と関わる上での新たな視点の獲得ということをひとつのキーにして交わされる理系人の対話。その新たな視点を、理系はテクノロジーや目の前の生な現実から、文系は言葉によって獲得する。読みながら、理系とは目の前の現実・現象からダイレクトに事実を理解するセンス、文系とは目の前の現実・現象から物語をつくるセンスなのかな・・・と思う。

 でも、社会との関わりということで言うなら、問題は理系か文系かということではなく、ちゃんとものを考えているかそうでないかということなんだろうな、というのも本書を読んで感じたことではある。


第一章 理系と文系-論理と言葉
     森博嗣 × 養老孟司
第二章 他者の現実を実体験する技術で、
    人類の認知は進化する  
     藤井直敬 × 養老孟司
第三章 「唯脳論」の先にある、なめらかな社会の可能性
     鈴木健 × 養老孟司
第四章 ジャーナリズムか、生き物そのものを見るか 
     須田桃子 × 養老孟司  


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2015-05-16

折れた竜骨 : 米澤穂信

『折れた竜骨』 米澤穂信

 中世ヨーロッパ~ブリテン島の東、波高き北海に浮かぶソロン諸島。古き因縁により「呪われたデーン人」との戦いが迫る折しも、断崖と岩礁と潮流に守られた自然の要塞であったはずの島で領主ローレントが殺害された。領主を殺害したのは暗殺騎士の魔術に操られた<走狗>。領主の娘アミーナは暗殺騎士を追って島にやってきた騎士ファルクと従士ニコラとともに<走狗>を追う決意をする。

 魔術と剣のファンタジーの世界を舞台に論理的謎解きを試みるミステリーということらしいが、語り口には重厚さやものものしさはなくごくあっさりとしていて、ファンタジーとしての香りは薄め。

 とは言いながら、『騎士』『マント』『長剣』なんていうワードには何やら昂るものが抑えられず、思慮深く、老獪にも見えるがニコラ曰く根は「単純」な騎士ファルクのキャラクターの良さもあって、『呪われたデーン人』の来襲が迫るなか、頼もしい騎士と小生意気な少年従士に守られて領主殺害の犯人を追う冒険を、ゲームの中の世界に入り込んだような感覚で楽しめる。役どころとしてはヒロインであるアミーナに同一化できたわけではなく、作品には登場しないけど実はこっそり一行について歩いていた犬・・・くらいの感覚だけど。

 結末にはあまり驚かない。「彼の人物」が<走狗>ではあり得ないという確証は最後まで得られていなかったから。ただ何とも切なく温かい余韻が後をひく。



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2015-04-11

幻色のぞき窓 : 山本タカト

『幻色のぞき窓』 山本タカト

 初めて目にしたのは何時、何処でだったのか・・・山本タカト氏の妖艶で仄暗い絵に惹かれている。

 ・・・惹かれている、のだけど、日々何事もなく過ごすことを第一に考え、まがりなりにも陽光の下で平穏に平凡に暮らしている私如きが、「山本タカトの絵が好きだ」などと言うのは憚られる気がして、これまで画集を買うことを躊躇ってきた。それでもやはり憧れは止み難く、「これは画集ではなくて、半分はエッセイだし・・・」と自分にもよくわからない言い訳をしつつ、初めて山本タカト氏の本を購入した。

 氏の住まう鎌倉の風景やそこに二重写しにたちのぼる幻視の光景、吸血鬼や両性具有、髑髏、球体関節人形などへの嗜好を語る言葉は衒いなく静かで何気ない。吸血鬼や髑髏や少女人形・・・そういうものたちのことを「好き」と言って良いのは、このように気負うことも身構えることもなくそれを口にできる人たちだけなのだ・・・と思う。

 以前から、薄目を開けた睫毛の間に様々なものを見てきた。


 いちばん羨ましく思うのは、この「様々なものを見てしまう目」である。

 自然の生命力を感じさせる複雑怪奇な形で生い繁る森の木々、海の向こうや山の端から射す日の光の粒、海岸に打ち上げられた海藻類、鳥や魚の死骸、骨片、薄暗いトンネル、夜の闇・・・現実の鎌倉の風景の先に、氏の目にはこの世ならぬものたちの姿がありありと見えるのだろう。

 もしも、そのような「目」をもらう取り引きができるのなら・・・と想像してみるが・・・、何事も起こらない平穏と平凡から抜け出すのが恐い私には、その取り引きに乗る意気地はないだろうと思う。



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2015-03-28

ラピスラズリ : 山尾悠子

『ラピスラズリ』 山尾悠子

 「冬眠者」をめぐる連作。

 3枚の古びた銅版画から物語は始まる。深夜営業の画廊~夜の闇の中ににぽつんと浮かんだ時間と空間。ひどい睡眠不足で赤い目をした店主の語りに、視線は描かれた情景の中へと沈んでいく。

 人形に見守られて冬の間を眠りつづける「冬眠者」。春に目覚め、秋にはたっぷりの栄養を蓄え、また冬の眠りへ。長い、長い時間繰り返される営みの中に兆すもの~眠りを脅かす火、血、疫病。何かが臨界点に達しようとする気配。そして訪れる混乱と崩壊。

 続く物語は更なる終末の気配を漂わせて語られる。ひたひたと海に浸食されていく廃市。エネルギーを失い静かに停止していくかに見える世界。眠りを見守る人形も朽ち果て・・・。ひとり目覚めてしまった少女は死んだ者を思いながら熱くて甘い苺のジャムを煮込み口にする。遠い幻想の中に語られる物語に何か非常に生な感情が宿る。

 そして、春の物語。名もない若者が目にした祝福。


 読みやすくはない。厚い霧の向こうにみるもどかしい夢のような幻想の世界。しかし確信に満ちたつよい言葉が放つ力で世界はしっかりと編まれている。



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2015-01-31

トーベ・ヤンソン短篇集 黒と白 : トーベ・ヤンソン 冨原眞弓・編・訳 

『トーベ・ヤンソン短篇集 黒と白』 トーベ・ヤンソン 冨原眞弓・編・訳

 現実と幻想の間のような風景・ヴィジョン、制御を離れて縦横に広がり膨らむ幻想・妄想、偏屈で孤独な芸術家、強すぎるこだわり、思い込みのためにともすると現実から浮き上がってしまう人たち、不器用で風変りで不愉快な余所者、どこかぎくしゃくとしたコミュニケーション・・・ 

 終わり方によってはすごく嫌な読後感になりそうな短篇群。しかし、最後に示されるあっけないほどの和解、控えめな理解、共感によって、ほっこり、爽やか・・・とはいかないまでも、哀しみと、諦めと、寛容と・・・何とも、こう・・・複雑な気分にさせられる。

 先日読んだ『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談-憑かれた鏡』の解説によれば、巻末に収録された「黒と白 エドワード・ゴーリーにささぐ」に描かれる、白木とガラスに囲まれた明るすぎる自宅を逃げ出し、古びた別荘に籠もり夢中で怪奇小説の挿絵を描く画家の姿は、『憑かれた鏡』のための仕事をするエドワード・ゴーリーからイメージを得たものであるらしい。



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2013-08-17

猟奇歌 : 夢野久作 赤澤ムック編

『猟奇歌』 夢野久作 赤澤ムック編

 この夏、知人よりお誘いをいただいて、ある短歌の大会に歌を出してみることにした。といっても、まったくの素人であるので、まずは何か入門書を探そうと出かけたのだが、帰りに手にしていたのは、この『猟奇歌』だったという・・・

 編者の赤澤ムック氏により八つの章がたてられ、その分類に沿って百十六首が収められている。読んでいるうちに、十代の頃に抱いていた、何に向けてよいかわからぬ憎悪、ここではない世界への憧れ、痛すぎる自意識などを思い出し、「おお! そういえば私にも十代の暗黒はあったのだ!」と懐かしい。

 地平線になめくぢのような雲が出て
 見まいとしても
 何だか気になる


 殺人狂が
 針の無い時計を持つてゐた
 殺すたんびにネヂをかけてゐた


 このような一首が熱病のようだった「十代の暗黒」を刺激するのは確かなのだが、多くの十代が抱く、出口もなく、形もなく、ただモヤモヤと蟠る非生産的な闇と異なり、「猟奇歌」に詠まれるのは、人の後暗いところに生まれ、言葉によってドラマとイメージをあやしく花開かせる、大人の嗜む猟奇である。

 誰か一人
 殺してみたいと思ふ時
 君一人かい…………
 ………と友達が来る


 という一首など、口の端に思わず暗い笑いが浮かぶ。なんだか、もう、上等な「猟奇芸」とでも呼びたいような気がする。





よけいなことながら・・・

 あとがきに綴られる編者の「猟奇歌」への共感には、ちょっと同調しづらいところがある。編者は時代や社会情勢とからめて「猟奇」を語るが、猟奇を愛好する心は、時代や社会云々ということではなく、もっと個人的な領域に潜在しているのではないかと思うが・・・。

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2013-04-06

エムブリヲ奇譚 : 山白朝子

『エムブリヲ奇譚』 山白朝子

 庶民が旅を楽しむようになった世の中。土地の名物、温泉の効能、道中のあれこれを記した旅本の作者であり、人に知られていない景勝地や温泉地を訪ねては旅をする和泉蝋庵にはとんでもない迷い癖がある。一本道を進んでいるはずが気づくと元いた場所に戻っており、十日はかかるはずの町には半日で辿りつき、山道を登っていたら広々とした海に出くわす。付き人として和泉蝋庵と旅を共にする「私」は、いつも蝋庵の迷い癖に巻き込まれ・・・

 一日中霧が立ち込める物の形も人の姿も曖昧な町、青い石と共に生まれ変わる少女、人の顔をした魚の獲れる村、あるはずのない橋が架かる崖、人を食う山賊の家・・・。道に迷った果てに、和泉蝋庵と「私」が辿りつく「ここではない何処か」。

 その奇妙な場所で、「私」は、生きている胎児を拾い、霧の中の温泉で死者と逢い、無垢な生き物を手にかけて殺し、死んだはずの男と取り違えられ、極限の惨劇を体験する。

 ただ部屋で酒を飲んでごろごろしていたいと思うような男である「私」。何か仕事をしようとしても長くは続かず、世間からはろくでなしと思われ、やめられない博打の借金はかさむ一方。わけがわからず、時に命の危険にさえさらされるような蝋庵との旅は、「私」にとって怖ろしく、厭わしく、呪わしいものであるのだが・・・

 現世で上手く生きられない「私」は「ここではない何処か」に魅入られる。「私」にとって、そして「私」の後を追うようにこの物語のページを捲る者にとって、和泉蝋庵との旅の先にある「ここではない何処か」は、寂しく哀しい陶酔の内に在る。



 山本タカト氏の表紙絵がまた・・・“連れていかれたい”気持ちにさせるのですよ。

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