2017-03-25

星を継ぐもの : ジェイムズ・P・ホーガン

『星を継ぐもの』 ジェイムズ・P・ホーガン

 人類の目の前に現れた巨大な謎を科学的な手法、思考で解明していく理知的なストーリーでありながら、読み終えての全体的な印象は「夢見るような物語」だった。

 月面で発見された宇宙服を身に着けた死体。どの月面基地にも該当者のいない正体不明の死体は「チャーリー」と名付けられ調査が開始されるが、そこから導き出されたのは「チャーリー」の死亡時期が5万年前であるという驚愕の事実だった。

 現人類にそっくりの身体と、現人類より進歩した科学技術を持つ「チャーリー」は何者なのか? その発生、進化の過程は? 彼らが築いたであろう文明の痕跡は? 生物学、物理学、数学、言語学・・・さまざまな分野の専門家、技術者が召集され「チャーリー」をめぐる一大プロジェクトが立ち上がる。

 目の前の解明されていない現象に対して、仮説をたて、データを集め、検証し、矛盾なく現象を説明できる答えを探す科学者たち。空白のパズルにひとつずつピースが配置されていく様を見ていると、あたかも自分も「チャーリー」の存在する世界に踏み込んでしまったかのような、フィクションが現実と地続きになる瞬間がある。

 謎の解明はあくまでも科学的な思考と検証によって進められるが、挿入される「チャーリー」の手記の記述や、プロジェクトのまとめ役である主人公ヴィクター・ハントが幻視するヴィジョン、物語ラストでガラクタとして打ち捨てられる「あるもの」は生々しく私たちの視覚を刺激し、感情をゆさぶる。

 最後のピースが置かれたとき、そこに描かれていたのは人類と遠く時空を隔てた生命とをつなぐ壮大なロマンだった。 
 



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2017-03-12

虎よ、虎よ! : アルフレッド・ベスター

『虎よ、虎よ!』 アルフレッド・ベスター

 遭難した宇宙船の残骸にただ一人残され6か月の漂流生活を生き延びた男は、自分が見棄てられたと知ったとき、恐るべき復讐鬼となって地球に舞い戻る。

 人類がジョウントと呼ばれるテレポーテーション能力を身につけ、内惑星連合と外衛星同盟が抗争をくりひろげる宇宙を舞台に、「不死身かっ?!」といいいたくなるような超人的な力と執念を滾らせた主人公・フォイルが、軍諜報部や大財閥の総帥ら世界を動かす実力者たちを相手に復讐街道を驀進する。

 「いや、もう何か逆に目的見失っていませんか?」とツッコみたくなるほど破綻ギリギリで激情的で破壊の度がすぎるフォイルの行動と、暴走気味に溢れ出すストーリーの熱量に「あぁ、しんど・・・」と思いながら読み進めていたのだが、復讐と破壊のためにバルブ壊れ気味に放出されつづけたエネルギーは、物語終盤において人類を覚醒させ、世界に新たな局面をもたらす爆発的な力へと一気に収束していく。

 物語中盤まで無茶苦茶に暴れまわっていた主人公とストーリーが、気がつくと何だか啓蒙的なラストへとなだれ込んでいたのにはちょっと面喰ったが、何といっても、ただただ、その熱量の物凄さに圧倒される作品だった。


【蛇足】
タイトルの『Tiger! Tiger!』はイギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの詩からとられているが、私の大学卒論の題材がこの「Tiger」を含むブレイクの詩集『Songs of Innocence and Songs of Experience』だった。(まったくやる気のなかった私は、よく卒業させてもらえたもんだと我ながら思うほどの、とんでもなくつまらない卒論を提出したのだが・・・。無事卒業させてもらえたのは、きっと教授もやる気なかったからなんだ。)
この小説を読んで、純粋なエネルギー体としての虎の美しさっていうのを何だか感じて、今さらながらブレイクの詩に湛えられていた燃えるようなエネルギーだとか美しさってのを思ったのだった。

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2016-03-19

あなたのための物語 : 長谷敏司

『あなたのための物語』 長谷敏司

 自分を産んだ慕わしい女のために物語を紡ぎ続けたAIと、物語のようには生きなかった女の話。


 不満足な現実に甘んじることを拒みタフに戦い続け、幾何かの成果を出してきた研究者サマンサ。余命半年を告げられた彼女は、死病にとりつかれた自らの肉体という現実に挑み、抗い、抗いきれずに悶え苦しむ。「納得のいかない現実」をあくまでも抵抗すべきものと考えるサマンサの戦いと苦悶が執拗に描かれ続ける。

 以前観た映画『禅-ZEN』の感想にも書いたのだけど、「ああなりたい」「こうありたい」と願い、現実をより良いものにしようと努力することは人間の美しい心のありようであり、輝かしい姿ではあるけれども、その願いに囚われて「自分の思ったようなものでない現実」を拒絶することしかできないというのは人の心の暗黒面でもある。

 ・・・そのように私には思われるから、自分の満足いかないものには徹底的に抗い、打ち負かそうとするサマンサの姿には反発しか感じなかった。

 ・・・しかし、欲を捨て、抵抗することをあきらめ、現実をありのままに受け入れることは、上手く死ぬための方法であって、「よく生きる」ということではない・・・とは思う(同時に「人間ってよく生きなきゃいけないのか?とも思う)。

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2016-02-20

父のおすすめ本

『蜩ノ記』 葉室麟

 父のおすすめ本・・・と言っても、はっきりと言葉にして勧められたわけではない。帰省した折に朝の食卓につくと、整えられた朝食の横にただ黙ってこの本が置かれていたというのは、口数の少ない父なりのコミュニケーション ~ 「悪くなかったから読んでみなさい」ということなのだろう。

 豊後・羽根藩。藩主側室との密通の疑いで、十年後の切腹とその間の家譜編纂を命じられ幽閉の身となっている戸田秋谷。切腹の期日が三年後に迫った秋谷のもとに一人の若い武士・檀野庄三郎が遣わされる。城中で刃傷沙汰を起こし切腹となるところを、助命と引き換えに秋谷の監視と身辺探索を命じられた庄三郎であったが・・・。

 秋谷は正しい。逆境にあってもその思い、生き方は強く真っ直ぐで、謂れのない死を前にしてもまったくぶれることなく自分に恥じることのない生き様を貫いた秋谷の姿は凛として清々しい。

 どんな困難の中にあっても折れることのない秋谷の正しさ、清廉な生き様は、周囲の人々の行く末と日々の暮らしを照らす光となるのだろう。しかし一方で、一歩も引くことのない秋谷の正しさに追い詰められた人々がいたこと、その苦く、辛い心情を思うと、「正しい」ことはそんなに美しく、素晴らしいことだろうか・・・と遣る瀬無い気持ちにもなる。

 秋谷の命の期限が切られていることで、「どう生きるのか」という問題がクローズアップされた小説だったが、私たちも皆、「いつか死ぬ」という意味では命の期限が切られているのだよな・・・なんてことも思わされるのだった。




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2015-09-06

イメージできる相対性理論 : 飛車来人

『イメージできる相対性理論 曲がった空間・時間と徹底的に向き合おう』 飛車来人

 ・・・・・・・・『曲がった空間・時間と徹底的に向き合う』前に寝てしまった!

 いや、いや、いや、いや・・・私、頑張った。ものすごく頑張った。

 『<ゼロからのサイエンス>よくわかる物理』に惨敗しているだけに、「今回は何としても爪痕を残す!」という意気込みで取り組んだ。折れそうになる心を励まし、ちっとも頭にはいってこない文章を何度も何度も読み返し、なんとかうすぼんやりとでも『曲がった空間・時間』のイメージが私の頭の中で像を結ばないものかと・・・。

 段階的に相対性理論を理解できるように丁寧に書かれた本ではある。イラストを使った視覚的なアプローチや様々な思考実験・・・素人でもなんとか理解に近づけるようにと色んな工夫がこらされているのはわかる。こんな私でも「特殊相対性理論」の部分はほんのわずか、ホントに「カリッ」っていうくらい微かにではあるんだけど、ちょっとだけ「指先がかかった」という感じはしたのだ。ところが「重力」とかが出てきて「一般相対性理論」の部分になってくると、もぉ~ダメ。日本語がこんなに解んないことってあるんだ。

 まずねぇ、本書で提示される思考実験に取り組む上で絶対イメージできてなくちゃいけない「(その質量自体の重力が他の質量にほとんと影響を与えない程度の)十分に小さく軽い質量」とか「(重力の影響を無視できるほどの)十分遠い距離」ってものや「自由落下」っていう状態をイメージするところから躓いちゃってるんだよなぁ。イメージできないもんをつかって思考を組み立てるってのが土台無理な話。お手上げ!

 それに数式! 本書で示されているのは決して難解な数式ではない。中学レベルの数学ができる人なら容易に理解できるはず。しかし、中1レベルの因数分解どころか今では九九すらあやしい私では、数式を見た途端に頭が勝手に「あぅ~ん・・・」とシャットダウンするのがわかる。

 そんなこんなで、「精神集中して数行読む」→「朦朧としてくる」→「落ちる」→「ハッ?!」→「自分に喝を入れて少し前から読み返す」→「朦朧としてくる」→「落ちる」→「ハッッ!?!」→「諦めて仮眠をとる」→「頭がすっきりしたところで再度チャレンジ」→「朦朧とする」→「落ちる」を繰り返しながら、それでも何とか読み終えた自分を褒めてあげたい。

 『曲がった空間・時間と徹底的に向き合う』のは無理だったけど、「質量」とか「重力」ってものが、今まで私が思っていたようなものとは違うってことがわかっただけでも収穫としよう。

 


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2015-08-29

ゼロからのサイエンス よくわかる物理 : 福江純

『ゼロからのサイエンス よくわかる物理』 福江純

 『よくわかる』って書いてあるのにちっともわからない!(号泣) ここまで私は理系に弱かったかと! 

 これは私の本の選択ミスでもあるのだけど、まず、扱っている分野の広さに比べて本のボリューム、書かれている情報の量がコンパクトすぎる。古典物理学から現代物理学まで~力学、波動学、熱力学、流体力学、電磁気学、相対論、量子力学、素粒子物理学、宇宙物理学、地球物理学、総体物理学~を語るのに、イラストたっぷり、文字大き目でページ数は200P足らず。

 このボリュームでは当然一つ一つの事がらに関して詳細な説明ができるわけがなく、論理を組み立てる過程とか、考え方や理屈なんてものを大きく端折って結論だけがポンと提示されるので、まったく「腑に落ちる」という感覚が得られない。

 難しい物理を「やさしい文章で」語るっていうのが本書のひとつの売りであるようだけども、複雑なことをやさしくかみ砕きすぎると何がおこってんだかイメージできなくて逆にわかりづらいんですけど・・・。

 ああ、でもわかってる。わかってるんだ・・・。問題なのは私の基礎力不足と物理に対する関心の薄さなのだ。

 物理の法則や性質を示すグラフや図が載せられているが、そもそもの基礎がないのだから、そのグラフや図の意味するところが直観できない。端折られている理屈や考え方の部分を自分なりにゆっくりじっくり推察、考察し、関連のありそうな事は前の項にもどって何度も読み返したりすれば、まだしも少しは得るもの、わかることがあるのだろうとは思うけど、そもそも関心が薄いのだからそんな面倒な読み方をする気になれない。

 とりあえず、「いつか何かわかることがあるかもしれない」と思って物理っぽい単語だけいろいろ頭につめこんどいた。

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2015-08-23

生物と無生物のあいだ : 福岡伸一

『生物と無生物のあいだ』 福岡伸一
 
 理系本3冊目も生物学から。

 『生命とは何か?』 『この世界を見て、そこに生物と無生物とを識別できる』私たちはそこに何を見ているのか?

 生命の営みについて、池田清彦氏の『生きているとはどういうことか』にも書かれていた「生きている」という現象~生物の細胞の中でのさまざまな物質のふるまいが語られる。

 語り口は非常に抒情的というか、むきだしの科学用語のようなものは使われず、生物学の研究が『生命とは何か?』へと迫る過程が、著者の少年時代や研究者として過ごした街の情景、著者の心象、生命の謎に挑んだ先行する研究者たちの挿話を織り込んだ美しい物語として語られる。いや、科学の本で泣いてしまうとは・・・。

 読みやすく、感動的である反面、理系的な感じ方、考え方の訓練をしたいと思う私としては「これじゃ訓練にならないんじゃないか?」と思う。ともあれ、「読みやすい」「イメージしやすい」ということは読者(特に文系の)にとってはありがたいことだ。

 肉体というものについて、私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。しかし、分子のレベルではその実感はまったく担保されていない。私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。

 生命とは高速で入れ替わる分子の「流れ」そのものであるという生物学が明らかにした事実は「生生流転」「諸行無常」「行く川のながれは絶えずして・・・」という古くからある言葉を思わせ、
 (物理法則の制約を受ける)生きている生命は絶えずエントロピー(ランダムさ)を増大させつつある。つまり、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいていく傾向がある。生物がこのような状態に陥らないようにする、すなわち生き続けていくための唯一の方法は、周囲の環境から負のエントロピー=秩序を取り入れることである。

 という考察は、中沢新一の『精霊の王』に『秩序の中で安定しようとする世界を揺り動かす破壊的なまでの創造の力』として語られた「翁」「宿神」「後戸の神」などと呼ばれるものの姿や、それらを祀ってきた人々の営みを思い起こさせる。(物質の世界の話と、精神世界の話とでは「ランダムさ」「秩序」という言葉のとらえ方が逆であるようだけど)

 細胞内の分子のレベルと人間の精神的な思索のレベルでおなじようなことがおこっていることに、驚くというか、感動するというか・・・。

 ああ、何かものすごく文系な読み方をしてしまった気がする・・・。




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2015-02-14

芳一 : 堀川アサコ

『芳一』 堀川アサコ

 歴史ファンタジーっていうのかな? 時代が室町初期っていうのがめずらしくて面白いなと思った。

 足利将軍尊氏の嫡子・義詮と冷遇されてきたその異母兄・直冬。二人の確執に、この世に災禍をもたらす祟りの書『北条文書』をめぐる怨念が絡まって、亡霊や怪しのものまで暗躍して繰り広げられる血なまぐさい騒動。そんな命懸けの騒動に巻き込まれては、心ならずも事態収拾のために一はたらきしてしまう無頼の琵琶法師・芳一。

 主役も脇役も、登場人物たちが皆あっけらかんと暴力的で、けっこう無惨な流血沙汰も何か楽しげにじゃれあっているように見える。そういう明るくて素朴なワイルドさとかバイタリティって何か中世的かな・・・と思う。

 琵琶を弾いて語れば亡霊を呼ぶ芳一は小柄で猿顔、身が軽く、口の悪いがさつ者。茫洋として腹の底が読めないけれどかなりしたたかであるらしい義詮は「お願い」と「脅し」で芳一を猿まわしの猿のごとくに追い立てる。義詮や芳一を陥れいたぶる直冬や、『北条文書』にまつわる怨念のかたまりである永久男に清斗も邪悪なんだか、そうでもないのか・・・ひどいことをしても独特の愛嬌があって憎めない。

 面白いキャラクターたちだと思うのだけど、エンターテインメント小説としてはいまひとつ輪郭がはっきりしない。どんな目で、どんな眉で、鼻筋はどんなで、どんな口で、何を着て、どんな表情をして、どんな癖があって、どういう行動原理を持っているのか・・・そういうことが、もっとありありと目に見えるようだと、さらに話にのめりこめるのに。 

 キャラクターの輪郭が何だかはっきりしないと感じてしまう訳の一つは、キャラクターに名前がしっくり添っていないからかもしれない。「芳一」という名前からは主人公の芳一とはまったくキャラクターの違う「耳なし芳一」を強くイメージしてしまうし、怪しい傀儡師として名無しのまま印象深く登場していた男に、物語中盤でおもむろに「清斗(=清めねばならぬ悪しき器)」だと名乗られてもなぁ・・・。



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2015-01-10

ゴロツキはいつも食卓を襲う-フード理論とステレオタイプフード50 : 福田里香 オノ・ナツメ挿画

『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』 福田里香 オノ・ナツメ挿画

 とにかく、オノ・ナツメさんの描く表紙が目に飛び込んできた。

 「数多くの物語の中で、慣用句のように繰り返され、多くの人に判で押したように同じ印象が浸透しているフード表現」=「ステレオタイプフード」50例についてさまざまに語ったエッセイ集。

 この本、各章のタイトルとそこに添えられたオノ・ナツメさんのイラストだけでほぼ完結してるんじゃなかろうか? タイトルを目にするだけで、そういう食べ物にまつわるステレオタイプなシーンの記憶やイメージは次々と溢れてくるし、オノ・ナツメさんのイラストはそんなイメージや記憶をスタイリッシュに彩って、気分を高めてくれる。

 ところが、各章の内容を読んでいくほど、その鮮やかな印象がぼやけてくるのだ。広がるでも、深まるでも、新たな視点を与えられるでもなく、ぼやける。なんでそうなるかっていうと、多分、著者が例として挙げる「ステレオタイプフード」が登場する場面や、その場面に続く展開が、ほんの少し、ホントにわずかに私の頭に沸いてくるイメージや記憶とずれているから。

 例えば、第46章「事件についうっかり目を奪われると、食べこぼす」で列挙される「目を奪われる事件」の例の中に「目の前に現れる宇宙人」「派手に喧嘩するカップル」「世にも珍しい動物」「テレビで流れる予想外の仰天ニュース」があるのに、「とびきりの美人が通り過ぎる」がないのは私としては納得できない。(ちなみに「派手に喧嘩するカップル」に目を奪われて食べこぼすというシーンの記憶は私の中にはない。)「美人」云々については実は次の第47章「美人についうっかりみとれると、調味料をかけすぎる」でとりあげられているのだが、う~ん、やっぱり・・・何か微妙にズレるんである。

 著者は「それが登場する具体的な作品名や前後の場面を明確に思いだすことはできないが、確かに過去に何度も見たという記憶があるフードシーン」を「ステレオタイプフード」と呼んで、具体的な作品名や場面を提示することなく、ただ多くの人の共感をたよりに語っているわけだから、著者との間に共感が薄いと印象がぼやけてしまうのは仕方がない。

 私がもっとも飲み込みづらい違和感を感じたのは、第7章「賄賂は、菓子折りの中に忍ばせる」で、「甘いお菓子」のアイコン性について「かわいくて、たわいなく人畜無害なもの」と「誘惑、欲望、快楽、陶酔」という二つの面を示し、後者の例として章タイトルでもある「賄賂を忍ばせた菓子折り」を挙げていること。

 それはちょっと違う。この場面において、「誘惑、欲望、快楽」を表しているのはやはり「賄賂=小判」そのものであって、「菓子」の役どころはそれを包み隠す「善良で穏当なもの」である。小判を指す隠語「山吹色の菓子」についてもしかり。

 「菓子」そのものを「誘惑、欲望、快楽、陶酔」を表すものとして登場させるなら・・・たとえば、ショーケースの中でお子様や女子たちの視線を釘づけにするケーキや高級チョコ、少女が口のまわりを真っ赤にして頬張るチェリーパイ、美女が思わせぶりな目つきで口にするクリームたっぷりのケーキとか色鮮やかなフルーツ・・・なんてことだと思うんだけど?



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2014-04-26

TOKUGAWA 15 ~徳川将軍15人の歴史がDEEPにわかる本 : 堀口茉純

『TOKUGAWA 15 ~ 徳川将軍15人の歴史がDEEPにわかる本』 堀口茉純

 「吉宗の後の何代かって、名前忘れがちだよねぇ~」とは思ってたんだけど、名前聞いても思い出せない人がいた。『家重』・・・? え?・・・いた?

 「私、徳川将軍大好きなんです。でね、でね・・・聞いて♪」って、「私の好きな『徳川将軍』」よりも、「徳川将軍が好きな『私』」の方がぐいぐい前に出てくる感じに、最初はちょっと「うわぁ…」とか思ったけど、慣れてくると面白く読めました。

 「家」を存続させるって大変なのね。ホントに『必死にたすきをつないだ265年』って感じ。その歴史の中で、七代将軍の座についた家継のいとけなさに泣かされ、四代「左様せい様」・一二代「そうせい公」の胸の内を思い、一四代家茂の健気さ、数々の「いい人伝説」にまた涙し・・・。いろいろあった徳川15代の歴史・・・暗闇に浮かぶクールすぎる慶喜のイラストに配された台詞~「オレ以外に、誰がやれたよ。」がキクぅ。


 あとがきの「お気に入りの将軍様は見つかりましたか?」っていう問いかけには、「家重」って答えちゃった。いや、好きとか、お気に入りとかいう訳じゃなく、気になるっていうか・・・。もう忘れないよ、九代将軍家重。・・・多分。




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