2015-11-15

世界の果ての庭-ショート・ストーリーズ : 西崎憲

『世界の果ての庭-ショート・ストーリーズ』 西崎憲

 大学で「庭」を研究していた小説家リコ、近世日本文学の研究者スマイス。二人の交流の話を中心に、若くなる病に罹った母、無限に続く駅を彷徨う兵士、本所の辻斬り、江戸の国学者の思想、「庭」についての思索・・・数行から数ページの短いストーリーが浮かんでは消える。

 夢幻の糸でゆるく繋がりあう物語。溶けあっていく現実と夢想の間をゆったりと行き来するような感覚。これは、小説の中でも語られた、「庭」を歩いているときの感覚なのかもしれない。

 夢と現のあいだに、ポツ、ポツ、とちりばめられたストーリーの中で、江戸の学者・皆川淇園、富士谷成章、富士谷御杖にまつわる話には何やら鬼気のようなものが漂う。他の奇妙なお話たちよりも、実在の人物の生涯やその学問の方がより謎めいた幻想的なものに見えてしまう不思議な仕掛け。




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2014-10-25

真田三代風雲録 : 中村彰彦

 槇えびしさんの『朱黒の仁』を表紙買いしてしまったものの、私、真田幸村については「『大坂の陣』で凄かった人」という程度のホントうっすらとした情報と感想しか持っていない。まして、幸村以前のことなんて何も知らない。

 『朱黒の仁』を楽しむためにも真田氏に関するものを何か読んでおこうと思ってまず手に取ったのは『真田氏三代―真田は日本一の兵』という評伝だったのだけど、これはちょっと硬派すぎてちっともページがはかどらない。で、「やっぱり小説にしよう」と読み始めたのがこの『真田三代風雲録』

 武田信玄に仕えて頭角をあらわした幸隆。数多の戦国大名たちを制圧した秀吉と家康の力が拮抗する中、真田家を存続させ戦い抜いた昌幸。『大坂の陣』で凄まじい闘いぶりを見せ、その名を不朽のものとした幸村。

 それぞれに鋭い戦略眼と豪胆さをもった傑物として描かれて、アツい気持ちで読み進めることができるのだけど、あまりフィクショナルに物語をふくらませた感じはなく、戦国時代の勢力図の中での真田氏の立場、三代にわたる戦いぶりをざっくりと眺めるにはちょうど良い小説だったかも。

 それにしても、『戦国BASARA』で幸村が武田信玄にくっついているのはなんでだろう? っていう、まぁどうでもいいっちゃどうでもよかった疑問も解けてすっきりした。なるほど、真田氏って武田家の家臣となって後世に名を知らしめた一族だったのね。ホント、そんなことも知らないレベルだったのです。

 へへへ、あとは『朱黒の仁』の完結を楽しみに待ちますか。

 ちなみに私が表紙買いしたのはこちら↓角川版ですが、



掲載誌が変わったため、現在は新装版で弐巻まで出ています。



 『朱黒の仁』でも、『真田三代風雲録』でも、後藤又兵衛がかっこ良いです。





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tag : 真田幸村

2014-06-14

廃墟少女 : 尚月地

『廃墟少女』 尚月地

 廃墟と少女、幻覚とおじいさん、アングラ芝居のセットのような住処と少女と青空、森と帽子と花と青年。

 レトロでちょっと病的に美しい意匠が山盛り。だけど、耽美的、退廃的かというと必ずしもそうばかりではなく、あくまでも意匠として楽しもうというような軽やかさもある。サイコサスペンスかと思うと、切ないまでの純粋さを描いた作品だったりする。

 しかし、あのごちゃごちゃした廃墟の機械や構造物を描くのが楽しいっていう作者の言葉には心底驚く。私には苦行にしか思えないんだけど。




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2014-05-31

武士道 : 新渡戸稲造 訳:奈良本辰也

『武士道』 新渡戸稲造 訳:奈良本辰也

 森博嗣『ヴォイド・シェイパ』の各章扉に引用されていた新渡戸稲造『武士道』の言葉に衝撃を受けたのだ。以来、いつか『武士道』を読もうと思っていた。

 「正しい行い」を為すための規範を外部の権威や宗教的な超越者に求めるのではなく、自分自身の内に確立せしめんとする「武士道」。西洋の思想とも照らし合わせつつ、その源にある思想、侍が自らに課す身体的、精神的鍛練、「武士道」が尊ぶ「義」「勇」「仁」「礼」「誠」について語り、長い時の流れの中で、形骸化し、堕落してしまった部分もある「武士道」の中からその本質を掘り起こす。

 ベルギーの法学者ラブレー氏の「宗教教育なしに、あなたがたはどうやって子孫に道徳教育を授けるのか」という問いに答えるため、新渡戸稲造氏は自分の中に残る「武士道」の痕跡を、一度徹底的に客観視し「言葉」で再構築されたのだろう。人への贈り物を「つまらないもの」と言ったり、道で顔見知りに会った時、帽子をとったり、日傘をおろしたりするような礼儀~現在のわたしたちの中では、ほとんど生理的な反応のようなものになっていて、その意味を深く考えもしない「武士道」の名残について、氏はそこに込められた精神をきちんと言葉で取り出してくれる。

 外国人には理解されにくい「切腹」や「仇討ち」について、それがいかに「正義」「秩序」の観念と結びついたものであるか、そしてその血なまぐさい制度に不可欠な「刀」がなぜ「武士の魂」であるのかを語るくだりは、新鮮な驚きであると同時に、すっと腑に落ちるものであった。

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2013-08-03

狂言サイボーグ : 野村萬斎

『狂言サイボーグ』 野村萬斎

 「狂言サイボーグ」・・・完璧にプログラミングされ、自分のイメージ、意図するものを完全に実現できる身体。

 思えば、私など、絵を描きたいと思っても、目で見て、頭にイメージする通りのものを手は描いてくれず、楽器を弾くにも、軽やかに速弾きをしているつもりが、我が指は指板の上で芋虫がもんどりうっているのか・・・という有様だ。いや、それ以前に・・・自分のウエストを理想のサイズにコントロールすることすらできていない。

 自分がイメージし、また意図したことを自分の身体で完璧に実現する、できる、というのは一体どういう感覚・・・、どんな感じがするものなんだろうか? 何かを身体で実現する・・・ということを、私もやってみたいと思った。(まずは理想のウエストサイズに仕上げること・・・か。)


 狂言には「型」がある。「型」とは舞台をつとめる狂言師にとっての「教養」=「生きていくために身につけるべき機能」であると著者は言い、「型」について様々なことが語られている。

 中でも面白いなと思ったのは「電光掲示狂言」のくだり。舞台上に並べた電光掲示板に色々な文字情報を表示して観客に働きかける。掲示板に表示されたオレンジ色や緑色の「柿」という文字(その「文字」を縁者が食べるという演出)に観客が反応する。無機的な情報として観客の目に映った「文字」が観客の心や身体から呼び起こす反応 ~ そこには、ある意味デジタルな情報である「型」がもたらす作用に通じるものがある。生な感情をぶつけることなく、それでいて人の心身を動かしてしまう仕組み、力・・・それが古典に備わった「型」なのか。

 非常に興味深い話であった。




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2013-01-12

精霊の王 : 中沢新一

『精霊の王』 中沢新一

 夢枕獏『秘帖・源氏物語 翁‐OKINA』読了後のモヤモヤ(光の君が神仏巡りの果てに出会う精霊の王「翁」とは一体何ものであるか? とか)を解消するために読んだ本。


 幼い頃から、父の書斎の片隅に無造作に転がされていた奇妙な石たちが放つざわめき、精霊の風を受けていた著者は、やがて、柳田国男の『石神問答』でその石の神の来歴を知る・・・

 蹴鞠の名人藤原成通卿のもとに現れた「鞠の精」の話から語り起こし、著者は、芸能が行われる場にその回路を開く特殊な力に満ちた空間の存在を示す。さらに、室町時代の能楽師・金春禅竹が芸能を守護する特殊な「力」「空間」にまつわる思想を著した『明宿集』の記述を織り交ぜながら、能には「翁」として姿を現わすその「空間」に住む神=宿神の正体を探っていく。

 シャグジ、ミシャグジ、シャクジン、シュクノカミなどの名で呼ばれ祀られた神の痕跡、それを伝える神話や伝承を訪ね、立派な社や寺に祀られる神仏よりも古く、国家という権威の誕生以前に存在した「古層の神」とそこに息づく「野生の思考」が掘り起こされる。 


 「翁」といえば、あの髭を生やした老人の面、または髭を生やした柔和なおじいさんという姿かたちをもつ実態としてのイメージしか抱けなかった私にとって、「翁」とはすべての根源となる「空間」 ~その「空間」は具象の世界の背後にあって、「現在」として現れていない「過去」と「未来」を内包し、そこでは「無」が「有」へと転換し、「有」が「無」へと帰っていく~ であり、その「空間」に満ちた「力」 ~秩序の中で安定しようとする世界を揺り動かす破壊的なまでの創造の力~ であるというアイデアは全くの驚きであった。

 このような「翁」の在り様をイメージしつつ夢枕獏氏の小説を読んだならば、さらにスリリングに光の君の冒険を楽しみ、興奮できたかもしれないなぁ。




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2012-06-30

サンクチュアリ THE幕狼異新 : 野口賢・冲方丁

『サンクチュアリーTHE幕狼異新』 画:野口賢 作:冲方丁

 多分、打ち切り作品だったのだろう・・・ペース配分がおかしいというか、描き切れてないと思うところはたくさんあったけれど、面白かったです。読後しばらくしてからじわじわっとくるダークで切ない話。

 いきなり描かれるのは、サトリの力で先を読み、火炎をおこし、大気を凍らせ、鬼を操る新選組隊士たちのオカルティックな戦い。

 家康が手に入れ、幕府と朝廷の共栄のもとに封印された護国の秘法。幕末の動乱の中で、その秘法を守る『八卦の門派』は割れ、相争おうとしていた。新選組とは、秘法を奪おうとする勢力から『聖域』を守るべく、『八卦の門派』の一つ『巽』の流れを継ぐ近藤勇によって組織された異能の剣士集団だった。

 しかし、近藤亡きあと(近藤勇は池田屋で死んだという設定になっている)、会津藩主松平容保よりその事実を伝えられるのは、土方と沖田の二人だけで、他の隊士たちは守るべきものの正体も、自分たちの存在意義も知らない。

 隊士たちにとって、近藤によって与えられた『夢』、守るべき『聖域』とは何なのか、そもそもそこがはっきりしない。それは「国を守る秘法」なのか、「松平容保を通じて託された帝の勅命」か、それとも「侍たらんとする心」なのか。それは、連載打ち切りによって描けなかったことの一つなのか、それともあえて意図的に曖昧にしていたことなのか・・・。

 でもそれだけに、自分が何者であるかを知らぬまま、混沌とした戦いの中で、ぶつかるものすべてに牙を剥く異能の剣士たちの餓えが切ない。近藤の遺志を託された土方は土方で、隊士たちには秘されている近藤の死という餓えを抱え・・・。

 都に攻め入った長州軍を前に、餓えを満たそうとするかのように戦に臨む新選組。幕切れの、隊士たちの高揚した表情の切なさは、図らずも「打ち切り」がもたらした余韻なんだろうなぁ。


 

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tag : 新選組

2011-06-18

吾輩は猫である : 夏目漱石

『吾輩は猫である』 夏目漱石

 夏目漱石の小説って、『こころ』の他には子供向けの文学全集で『坊ちゃん』を読んだことがあるくらいで、さすがに日本文学史に輝く文豪の作品をもう少し読まなきゃいかんだろうとつねづね思ってはいたんだな。

 教師の家に拾われた猫が、主人の家にあつまる奇妙な人たちや、その人たちが暮らす人間社会というものを観察し批評する。教師の家に飼われるだけあって、そこいらの愚民などおよびもしない高い見識を誇り、人間顔負けの理屈をこね、人間には相当耳に痛い批評を加える猫だけれども、そこはやっぱり猫だけに、どこもまでもかわゆらしさがついてまわる。運動と称して垣根を渡ったり、虫をとったりするのにも、ひとくさり理屈をこねなきゃいけねいのねぇ、猫さん。

 終盤では、突然といってもいい感じで、自己の自覚~個人主義の問題が顔を出し、そこにおける西洋と東洋の文化の相克なんてものも語られる。話は自殺の流行・奨励なんてとこにいきついて、滑稽な中に暗鬱な気分が薄く漂う。ああ、漱石はそういうことに悩んだ人だと、学校の授業で習ったなぁ。

 終盤のうっすら暗い感じはさておいて、私がいちばん好きなのはこのくだり~ 他人の素行や評判を嗅ぎ回るような卑しい真似をする成金・金田の屋敷に乗り込もうと決意する猫。

 吾輩は猫だけれど ~ 略 ~ 此冒険を敢えてする位の義侠心はもとより尻尾の先に畳み込んである。


 猫の義侠心の在り処を「尻尾の先」とキメた漱石先生の素敵さに何だか参ってしまった。 




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2009-10-28

刺星 : 中野シズカ

 奇跡的と言って良いほど超絶なトーン使い。絵の中からキラキラ・サラサラと涼やかな音が聞こえてくるような硬質な美しさ。それは、この世とあの世の間を仕切る薄硝子といった風情。この感触は・・・例えば中原中也の「一つのメルヘン」。

 細かく切り出されたスクリーントーンで構築された、この稀有な鉱物のような画面の中には、そこはかとない色っぽさと残酷さ、男たちの間の仄かに妖しい心持ちと衝動が、少しの湿り気も帯びないままに含有されている。

 POPでカラリとしていながら、同時に情緒的で艶かしい。

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2009-10-07

ちくま日本文学12 中島敦

 何かもう・・・キュンときた。

 自分という人間が何事かを考えながら生きているということへの、何に対してとも知れぬ恥じらい。そういうものが作品の中に濃く、薄く漂っている。

 私はてっきり、そういう恥じらいめいたものの落とす影が暗さと苛立ちを帯びている『巡査の居る風景』や『かめれおん日記』は後期の作品であり、素直で瑞々しい文体の中に恥じらいを含んだ『山月記』『弟子』『李陵』などが初期の作品なんだろうと思いながら読んだのだが、巻末の年譜を見るとまったくその逆。『巡査の居る風景』『かめれおん日記』は20歳から20代後半の作品であり、『山月記』『弟子』『李陵』は30歳を過ぎてからの作品だった。

 歳を経る毎に、あんなに瑞々しく透明になっていくとは! ああ、もう・・・。胸の「キューン」が倍増!

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