2016-04-09

泣き菩薩 : 田牧大和

『泣き菩薩』 田牧大和

 なんて爽やかな、そしてなんて甘っむぁ~い時代小説なんだっ!

 いつも楽しませていただいているブログ『微萌★読書記録』さまの記事を拝読してからずっと「読みたい本リスト」に入りっぱなしになっていた田牧大和さんの『泣き菩薩』。やっと読むことができました。

 若き日の歌川広重こと八代洲河岸定火消同心・安藤重右衛門と彼の同僚であり年嵩の幼馴染でもある西村信之介、猪瀬五郎太。

 童顔に純真な心、十九歳という年の割に子供っぽいいじられ役にして、一度目にしたものは克明に記憶して忘れない天才画家の卵・広重。ちょっと気短で皮肉屋だけど、役者のような整った顔に火事場では頼りになる明晰な頭脳と判断力、「八代洲河岸の孔明」と渾名される信之介。気は優しくて力持ち、堂々たる体躯をもつ八代洲河岸きっての剛力、顔が広く面倒見のいい五郎太。

 とある寺でおきた菩薩像が燃える小火騒ぎの探索をきっかけに、連続する不審火の謎に関わることになった広重、信之介、五郎太。友情と信頼で結ばれた幼馴染三人組がそれぞれの魅力をフルに見せつけてくれます。三人の上司である与力・小此木さんとその愛馬「東風(こち)」の格好良さにも興奮することこの上なしです。


 それにしてもこの作品、読者層がどのあたりなのか気になる。

こちら↓の作品などは

 表紙イラストからしてそのスジの女性を狙っているようでもあるけど、『泣き菩薩』の方はちょっといい人情話風の表紙であるし(単行本の表紙は広重の浮世絵)・・・。もしも、通勤電車でよく見かけるような時代小説好きのお父さん方がこの作品を読んだら・・・この主人公たち三人の甘すぎる気もする幼馴染の絆を何と思うのだろう? それとも、男の友情ってわりとみんなこんな感じなの?



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2015-06-06

マンガと音楽の甘い関係 : 高野麻衣

『マンガと音楽の甘い関係』 高野麻衣

 楽しく読めるごく軽めの読み物のつもりで手に取ったのに、読み始めて数ページでけっこうキツイ敗北感を味わうことになった。

 それは「序章」で語られる『きのう何食べた?』がらみのエピソード。6巻で「冴羽獠ファン」であることを告白する興奮気味のケンジを眺めながら、著者はそれを以前から「知っていたよ」という。なぜなら3巻で流れるシロさんからの着信音が『Get Wild』だったから。

 ・・・確かに私もあのコマを見ながら「ケンちゃんはシロさんからの着信音を『Get Wild』に設定してるんだな」と思った。『Get Wild』がアニメ『CITY HUNTER』の主題歌だということも知っていた。でも、そこから「冴羽獠ファン」というケンちゃんのバックグラウンドに思い至るほどの読み込みはしていなかった。

 こんな調子で、マンガの読み手や音楽の聴き手としてのリテラシーの差を思い知らされる場面がいくつかある。『銀魂』の銀さんが「音楽を聴かない」人であることの意味とか、『のだめカンタービレ』~ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」の演奏シーンで「千秋のモノローグ」は曲のどの部分で発せられたのか、とか・・・。私は『銀魂』も『のだめ』も読んだことないのだけど、たとえ読んでいたとしても、マンガの中で鳴る「音楽」をどれだけキャッチし、マンガに描かれた「音楽」からどれだけの「物語」を感受することができただろう?

 「少女マンガ」によってかきたてられるときめき、あこがれ、知識欲・・・そういったことが繰り返し本書の中で語られているのを目にすると、あらためて私って「少女マンガ」という<教養>を身につけてこなかったんだなぁと思う。

 著者が言うとおり「美しいものから愛される自分でいたい。なにより美しく生きたい---」そういう気持ちを私もマンガから学んだ。でも、私がその多くを学んだのは「少年マンガ(主にジャンプ)」からであり、憧れは「美しく」というより「正しく、強く」というところに向かったんだよなぁ・・・。やはりそこで養われる感性は、「少女マンガ」で育まれるものとは違う・・・よなぁ、多分。



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2015-03-14

日本〈聖女〉論序説  斎宮・女神・中将姫 : 田中貴子

『日本〈聖女〉論序説 斎宮・女神・中将姫』 田中貴子

 女性に備わった生命を産む力ゆえに女性を神秘な存在であるとする見方、聖性や神秘性は女性に本来的に備わったものであるという考え方に疑問を呈す。

 聖女たちの「聖性」は女性が本来的に持つものではなく、あくまでも社会的、文化的要請によって女性に付与されていったものであるという考えのもと、女性薬「中将湯」にその名を残す中将姫の物語、天皇家と神を結ぶ斎宮たちや、中世の苦悩する女神たちの物語を読み解く。

 物語の中で中将姫が女性ゆえの苦悩を負わされていく過程、天皇家を神を結ぶものである斎宮たちのありかたが時代によって変化していく様子、苦悩する神がなぜ女の神として現れるのかなどを検証しながら、社会的、文化的枠組みのなかで物語の語り手、また物語を受容した人々が「女性」に注いだ視線がいかなるものであるかを明らかにしていく。

 
 この論考中一番の不思議は、最初の数ページ目にあらわれる、少女の頃の著者が(ツムラの)バスクリンを使った風呂に入りながら、母と会話をするくだり。「(ツムラの)中将湯って何」という著者の問いに母がこたえた「血の道の薬」という言葉に幼い著者が感じたショック。

 「聖性」や「神秘性」が社会的・文化的枠組みの中で女性に付与されたものであるなら、それらと表裏一体の関係にあるような女性の「悪業」「けがれ」といったものも文化的な産物であると考えることもできると思うのだが・・・。だとすると、「血の道」といわれてもわけのわからない子供であった著者が感じた『頬に赤黒いものをべたりとなすりつけられたような不快感と、自分とまったくかかわりのない言葉ではないという、漠然とした恐怖』とは何だったのか。



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2015-02-07

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? : フィリップ・K・ディック

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 フィリップ・K・ディック

 死の灰が降り積もる荒廃した地球。多くの生物が死滅し人口の激減した世界。人間社会に開いた虚しい空白を埋めるのは精巧な電気動物やアンドロイドといった疑似生命。

 地球を捨てた人類の移住先である火星から逃亡した反乱アンドロイドを狩るバウンティー・ハンターのリック。人間として社会に潜むアンドロイド。人間とアンドロイドを見分ける唯一の方法が「感情移入度」を測定するテストだけって・・・。

 やたらと「共感」や「感情移入」ということに拘泥する人間たちが何だか滑稽で、むしろアンドロイドたちのあり方の方が良い意味でクールに思える・・・というのは、この作品が描かれた時代に危惧された(のかもしれない)近未来の人が直面する人間性の危機ってやつなんだろうか?

 ふと、私にとってとても衝撃的だった新渡戸稲造『武士道』の中の言葉が思い出される。

もし愛情が徳の行動に結びつかない場合は、頼りになるものは人の理性である。その理性は、直ちに人に正しく行動することを訴えるからである。


 機能不全に陥ってしまった「愛情」~「共感」や「感情移入」を、機械を使った疑似体験や動物を愛玩することで補おうとする人間も、正しく行動するための「知性」や「理性」に優れていても、その大元にあるべき「愛情」を欠いているアンドロイドも・・・どちらも哀しい・・・のかなぁ。



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2014-11-22

ゲニウス・ロキ 異形建築家阿修羅帖控 : 田邊剛

『ゲニウス・ロキ 異形建築家阿修羅帖控』 田邊剛

 横分けの短髪、丸眼鏡、白シャツ腕まくり、サスペンダー、チョッキ、革のブーツ、外出時にかむっているのは山高帽かパナマ帽か?ツバの広いちょっと変わったデザインの帽子・・・帝大教授にして妖怪ハンターの異形建築家・伊東忠太の容姿・服装が私の妄想どおりで嬉しい。まさに「見たかったものを見せてもらった」という感じ。

 ただ、画の書き込みは凄いんだけど(書き込みが凄すぎて何が描かれているのかわかりづらいくらいに)、ストーリーの書き込みの方がもうちょっと・・・。地霊、神獣、怨霊、妖怪、精霊・・・忠太が相対する「この世ならぬものたち」が一体どういう存在のものであるのか・・・とか、それらを阿修羅帖に封印するさいに使っている術や道具がどういう理屈で作動しているのか・・・だとか。オカルティックな現象に対しての説明があっさりしすぎ(もしくは皆無)で、いまひとつ興が乗らない。

 ウソでもいい、本当らしい蘊蓄で私をすっかり丸め込んでほしかった・・・と思うのは、京極堂の流儀に染まりすぎているせいかなぁ。

 あとね、建築家としての側面ももっと生かしてほしかったな、とか。建築家としての仕事をしているのは第一話だけだもの。(第2話も建物が関わる話ではあるけれど)

 とは言いつつ、第4話「妖怪百鬼夜行絵巻」で、大学の新年会を抜け出し付喪神たちと交わって楽しそうにしている忠太の姿は愛しくて、「続編があるといいなぁ」とか思います。



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2014-02-15

鳴いて血を吐く : 遠野潤子

『鳴いて血を吐く』 遠野潤子

 プライド、男気、母性、責任感、思いやり、自己犠牲、情愛・・・そういうものが、とても嫌なかたちで結びついた結果の凄絶な呪縛の物語。そして、それぞれの想いの交叉点に隠されていた嘘が次第に顕わになってゆくサスペンス。

 天上の声を持つ歌手・実菓子と、彼女を「外道」と呼ぶギタリスト・多聞~二人は古くからの因習が生きる村で共に育った。藤の花が一面に咲き乱れる山を背負った村の旧家・藤屋の次男である多聞、かつては藤屋と張り合う名家でありながら今は没落した斧屋の娘・実菓子。

 暴君のような藤屋当主である父、父の横暴に耐えひたすら家に尽くす母、身勝手な好奇心で注がれる村の人々の視線。その中で身を寄せ合うように育ってきた多聞と心優しい兄・不動、そして藤屋にひきとられた実菓子だが、歪な家族のつながりはどうしようもなくそれぞれを蝕んでゆく。
 
 藤屋の裏山に咲く紫の滝のような藤の花や、かつての栄華は見る影もなく生い茂る草に埋もれた廃屋となった斧屋といった道具立て、息づかいごと実菓子そのものを写し取ったかのような不動の描く絵、そして「鳴いて血を吐く迦陵頻伽」とまで言われる実菓子の声の印象の強烈さに比べ、藤屋と斧屋の確執のもとになった現実的な事件について語る言葉には圧がないというか、真実味と迫力に欠け(作者はそういうとこにはあまり興味がなかったのではないかとも思わせる)、とても息苦しい家族の物語が、どこか暗いファンタジーのように感じれらる。

 藤屋と斧屋、そしてその周囲の人々をスポイルし尽したものが、必ずしも悪意ではなかった・・・そのことにわずかに救われるラストだった。




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2013-10-26

楊貴妃になりたかった男たち <衣服の妖怪>の文化誌 : 武田雅哉

『楊貴妃になりたかった男たち <衣服の妖怪>の文化誌』 武田雅哉

 もう少し「楊貴妃になりたかった男たち」のキモチなり、文化的背景なりを掘り下げたりなんかするのかなぁ~と期待したんだけど、ちょっと違った。中国における古今の異装者=「服妖」たちが、ひたすら採集、列挙されている。

 軍装の少女。奇抜な髪型、ファッションに興じる婦人。女装で悪事をはたらく野郎。襤褸をまとう貴公子。同性愛ブームと美少年たちの女装。男(女)にしか許されないことをするために、職業上の必要から、追手から逃れるために、ご主人様のお戯れで、ただ止むに止まれるおしゃれ心の迸りによって・・・様々な事情により、または純粋に色々な嗜好や欲求を満たすため「服妖」=ファッション・モンスターとなる男女。

 「服装の乱れは、心の乱れ、ひいては社会の乱れ、さらには国が亡びる前兆・・・」なんていう嘆きをよそに、いつの時代にも「異装」を愛する人々はいたようで・・・。

 ある服装に付された属性を、その衣服を身に着けることでひととき我が物にする。その恍惚感は・・・わかるような気がします。




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2013-04-27

安土往還記 : 辻邦生

『安土往還記』 辻邦生

私が彼のなかにみるのは、自分の選んだ仕事において、完璧さの極限に達しようとする意志である。私はただこの素晴らしい意志をのみ―――この虚空の中に、ただ疾駆しつつ発光する流星のように、ひたすら虚無をつきぬけようとするこの素晴しい意志をのみ―――私はあえて人間の価値と呼びたい。


 宣教師たちとともに日本に渡来したジェノバ出身の船乗りが遺した書簡の形で語られる、戦国の実力者・織田信長の姿。

 そこに現れてくるのは、「事をなす」ためには「理にかなう」ことをこそ最上とし、「理にかなう」ためには自分さえも殺す~自分の習慣も、思惑も、情も、自尊心もすべてを犠牲にするという、極めて厳しく合理的な精神を持った信長。

 自分の目にした日本の都とそこに君臨する信長の姿を書き綴るこの書簡の主自身、不貞をはたらいた妻とその情夫を殺して故郷を離れて以来、「自分に襲ってくるすべてのことを、自分が意志し、望んだこととして」生きていくために、運命に追いつかれることのないように常に休む間もなく自分を追い立ててきた男であり、異国で出会った信長に、戦乱の世の武将として「事をなす」ために、比叡山の焼き討ちも、長島の殲滅戦も、強大な勢力に四方を囲まれた困難な局面も、一切の妥協なく自らの意志の力業で歩まんとする、自分と同様の厳しい克己の姿、それゆえの孤独を見るのである。 

 書簡の主が信長に見た、峻厳で気高く極限まで引き絞られた精神の煌めき、愛すべき瑞々しい好奇心と繊細な情愛、高みを目指せばそれだけ深く刻まれる悲愴な孤独の翳は、それはもう荘厳な美しさで・・・、それらを、しっかり、深く、味わいたかったのに・・・ ああ! ダメダメな私はしばしば頭をもたげる“この異国の男の信長への共感っぷりが憎らしい”という邪念に、気を乱されてばかりで。もぅ・・・自分自身にがっかりする。


 書簡の主は最後に思う。明智光秀を謀反に追い込んだのは、彼に向けられる信長の共感の眼差し~自分と同様に意志の力で自分自身を克服していく光秀に注がれる、更なる孤独な高みへと登りつめることを強いる眼差しではなかったかと。それは・・・あまりに悲しい。

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2012-11-24

谷崎潤一郎犯罪小説集 : 谷崎潤一郎

『谷崎潤一郎犯罪小説集』 谷崎潤一郎

 「柳湯の事件」「途上」「私」「白昼鬼語」・・・犯罪そのものというよりも、犯罪を犯す人の姿、その異様な心理をねっとりと描いて見せる4つの短編。

 「柳湯の事件」は何と言っても、男が語るぬらぬらどろどろブルブルとしたものへの愛着と、その男が身を浸す銭湯の湯船の・・・あの皮膚感覚に参ってしまう。会社から帰宅する道々、ある男と探偵の間で交わされる男の妻の死をめぐる会話から、徐々に露わになる男のもう一つの姿がグロテスクな「途上」。神経衰弱気味の友人に誘われて、雨戸の節穴越しに殺人現場を覗いた男がその奇妙な体験を語る「白昼鬼後」は、いったい誰の言ってることがマトモで、いったい誰の頭が妄想に侵されているのかわからなくなってくる、そんなゆらゆらした迷宮感に酔う。

 主人公のこねる小理屈が、事件のオチとあいまっていっそ清々しい「私」以外は、短編ながらドスンと胃にきて、読むのにけっこう体力を消費する。

 ところで、ミステリーの楽しみ方に疎い私は、じくじくと描き出される犯罪者たちの異様な心理の方にばかり目が行ってしまって、巻末の解説を読むまで気が付かなかったのが、作品をミステリーに仕立てる話法を実に自在に谷崎潤一郎は操っているのだ。何かを隠したまま進行する語りがもたらす緊張感、焦燥感~その巧みな語りに手もなく翻弄されていたことを、改めて自覚した。

 それでも・・・読んでいて一番ざわざわとしたのは、「柳湯の事件」で、銭湯の湯の中で足に触れるぶよぶよぬらぬらした物の正体を「触覚にだけ感じられる女の幽霊だ」と思う男の、異様を通り越して奇抜な心理描写だったのだけど。




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2012-06-02

月桃夜 : 遠田潤子

『月桃夜』 遠田潤子 

 疼くような熱にじわじわと侵され、視界がぼうっと滲んでいく。安寿と厨子王の物語の中に人の心の闇を見せた遠田潤子氏の「水鏡の虜」は、ファンタジー短編のアンソロジー『Fantasy Seller』の中でも、その暗く燃える熱気が特異な存在感を放つ作品だった。


 櫂を失くしたカヤックで奄美の夜の海をひとり漂う茉莉香が海上を飛びつづける隻眼の大鷲に出会う「海のはなし」と、隻眼の鷲が茉莉香に語る「島のはなし」~遠い昔、薩摩支配下の奄美の島に生きた兄妹・フィエクサとサネンのはなし『月桃夜』も静かに滾る熱を帯びた物語だ。

 奴隷となり死ぬまでただ黍を育て、砂糖を作るフィエクサたちの汗と血にこもる熱。風が渡り、花は甘く匂い、緑濃い葉は爽やかに香る島を焼く陽射しの灼熱。島に射す眩い光と夜より暗い闇の、そして、フィエクサが魅せられる碁、サネンが憧れる針突(入墨)の黒白がなすコントラスト。人の世の情とは理を異にする神の世界と交わりながら、愛し、哀しみ、怨み、生きる、人の心の坩堝に滾る熱。命も身体も妹のために捧げた兄の、その兄のすべてを貪って生きると慟哭する妹の魂の熱。世界の終わりまで飛び続ける大鷲の隻眼に宿る熱。




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