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2018-08-25

本読みの獣道 : 田中真澄

『本読みの獣道』 田中眞澄

 寺田寅彦の随筆集『懐手して宇宙見物』『太宰治 滑稽小説集』がとても良かった「大人の本棚」シリーズ。

 広大な書物の森の道なき道に分け入って、時には生い茂る木々の枝葉に身体を傷つけ、ぬかるむ道に足を滑らしながらもワイルドに突き進むワクワクな読書エッセイが楽しめるかと思ったのだが・・・。

 家に買い揃えられた子供向けの文学全集に始まり、年齢に応じて読むべき書物に恵まれて、またそれらを充分に感受して生い立った著者の読書道は、本書のタイトルから私が期待したようなワイルドなものではなく、折り目正しく教養的な匂いがする。

 親に買い与えられる本を卒業し、ジャンル問わず多種多様、雑多なものを読むようになってからも、読み終えた膨大な書物はそこらへんに雑然と積み上げられているのではなく、身体の中の本棚の在るべき場所にきちんと収められているのだろう。喫煙文化、風俗の諸相や、鉄道・駅をめぐるあれこれを書き留めた二篇はそんな体内の本棚があって生まれるエッセイか。

 著者の読書には独自の作法があり、その作法に対する自負も相当なものと感じる。もしかしたら分け入ったときには獣道であったかもしれない場所も、氏が通った後にはその作法に則って整地され、生い茂る木々も剪定されている感じ。

 日々の楽しみである古本屋めぐりの様子とその収穫の記録「ふるほん行脚」の章も、古本屋めぐりの楽しさや、様々な書物との思わぬ、または念願の出会いの喜びよりも、そうした著者の作法や自負の方を強く感じてしまい、数ページ読むごとにしんどくなってしまう。

 ・・・と、あまりすっきりしない気持ちで読み終えたが、巻末の稲川方人氏による解説を読んで、私の読みようはあまりに表面的であったと恥じる。

 実は、この本を手に取ったのはタイトルに惹かれたのもさることながら、表紙に「稲川方人解説」とあるのが決め手だった。大槻ケンジの詩集『リンウッド・テラスの心霊フィルム』に寄せられた、愛情深く、また予言のようでもあった稲川氏による解説「いつか行ったサーカスを」は、私にとって忘れられない一文なのだ。


  

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2018-07-14

酔ひもせず ~ 其角と一蝶 : 田牧大和

『酔ひもせず ~ 其角と一蝶』 田牧大和

 屏風に描かれた子犬が動くのを見た遊女が次々と姿を消す・・・。

 吉原で一、二を争う妓楼「大黒屋」で起こる遊女消失の謎を、蕉門一の俳諧師・其角とその友である暁雲こと絵師・多賀朝湖~後の英一蝶のコンビが解き明かすミステリー仕立ての時代もの・・・ということだけども・・・。ぐいぐいと引き込まれるほどの筋ではなく、吃驚仰天の展開があるわけでなく、謎解きが鮮やか!なわけでもなく、屏風に描かれた子犬が動くという妖しの要素も何だかとってつけたようで・・・。

 と、いうわけで、ミステリーとか時代小説としてはあまり「読んだぁ~」という満足感はなかった。・・・とはいえ、実のところ私の興味は表紙イラストを目にしたときから別のところにあったわけで。つまり、主人公の男二人~其角と一蝶。

 松尾芭蕉随一の弟子として名も成し、一門をまとめる一廉の大人でありながら、本当の自分と世間との折り合いをうまくつけられず、心に引け目と屈託を抱えている其角。そんな其角には眩しくもある友・暁雲~情味豊かで豪放磊落、よく食い、よく飲み、よく泣き、笑い、何ものにも縛られず好き勝手に振る舞っていながら人を惹きつけ、人に好かれ、それでいて心にどこか暗闇を抱えている男。

 世間には秘している屈託や心の闇を、互いにうっすら隠しつつ、互いにうっすら覚りつつ・・・本当の自分の姿で側にいることのできる無二の友。この小説の眼目ってきっとミステリーとか江戸の風情とかいうことじゃなくて、この其角と暁雲、二人の男の心持ちというか、関係性・・・。これは時代小説というより、むしろあの・・・

 『泣き菩薩』を読んだ時にも思ったんだけど、やっぱり、この作者の読者層がどのあたりなのか気になる~~~


『泣き菩薩』感想・・・http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-747.html



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2018-06-09

春琴抄 : 谷崎潤一郎

『春琴抄』 谷崎潤一郎

 大阪の旧い商家に生まれ九歳で盲目となった少女~類稀れな音曲の才と優艶な容姿に恵まれ、誇り高く、またその驕慢さは時に嗜虐的ですらあった春琴と、幼少の頃よりその生涯を通じて春琴に僕のように付き添った佐助。

 肉体の交わりを持ち、子までなした仲でありながら、主従あるいは師弟の別で厳しく間を隔てて暮らす二人。あるとき、 春琴の容貌が何者かによって傷つけられる事件が起こると、佐助は変わり果てた春琴の貌を見ぬために、迷いもなく自ら目を突き盲目となって春琴の傍に侍ることを選び・・・。

 春琴と佐助の二人のみが知る陶酔境。読者としてその世界に感応し耽るには、それなりの素質と才能が必要であって、そういう意味ではとっても敷居の高い読み物だなぁと思う。

 春琴と佐助の間の陶酔境・・・そこに分け入っていきたい・・・とは、まぁ正直なとここれっぽっちも思わないのだけど、春琴の奏でる琴、三絃の音や、彼女が愛玩する鶯や雲雀の声・・・それらは聴いてみたいと思った。ああ、私にそれを聴く力があればなぁ。




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2018-03-03

バンドネオンの豹 : 高橋克彦

『バンドネオンの豹』 高橋克彦

 1980年代・・・当時は月に何冊かの音楽雑誌を読んでいて、あがた森魚氏の名前も『バンドネオンの豹』というアルバムタイトルもそれらの雑誌で目にしたのだった。

 そのロマン溢れる世界への憧れとノスタルジーを掻きたてるタイトルに誘われてライブを聴きに出かけた。情けないことに、その時聴いた音楽のことは殆ど忘れてしまったのだけど、何度か足を運んだライブ会場の居心地の良さは今でもほんのりと覚えている。

 物語はあがた森魚の音楽とも微かに連動する、私たちにとってはあらかじめ失われた場所~見たこともないのに懐かしい心の奥の感傷を掻き立ててやまぬ魂の故郷ともいうべき世界をめぐる冒険譚。

 選ばれし少年たちはあたりまえの日常を抜けだし物語の世界の住人となって、謎のヒーローや怪人たちと丁々発止の冒険を繰り広げるのだけれど、「ひょっとすれば・・・」と作者が記しているとおり、この物語自体が登場人物である藤村少年の生み出した妄想であるのかもしれない。しかし、もしもこの物語が少年の妄想だとしても、いや少年の妄想であればこそ私たちの胸は切なさに絞られるのだ。

 

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2018-02-17

熱い読書 冷たい読書 : 辻原登

『熱い読書 冷たい読書』 辻原登

 書評集というよりも、質の良い美食エッセイを読んでいるような感覚だった。古今東西の珍味、佳肴、中には口にするには確かな知識と細心の注意が必要と思われる危なげなものまで・・・。

 その一皿(一冊)をいつ、どこで、どのように味わったのか。その舌触り、喉ごし、味わいは・・・。その匂い、温度、色合い、形状はどのようだったのか。ときにはそのレシピを明かしたり、その料理を育んだ風土や歴史に言及したり。〝僕”が味わい咀嚼し胃におさめた一皿がどのように消化され、どのように〝僕”の心身を養ったのかまでを思わせる文章。

 「本を読む」ということが、ものを食べるのと同様な生々しい生命の活動として感じられる。

 語られる一皿(一冊)について想いをめぐらせる楽しみとともに、その一皿を語る言葉自体を味わい楽しめる、刺激の強い一冊だった。



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2016-04-09

泣き菩薩 : 田牧大和

『泣き菩薩』 田牧大和

 なんて爽やかな、そしてなんて甘っむぁ~い時代小説なんだっ!

 いつも楽しませていただいているブログ『微萌★読書記録』さまの記事を拝読してからずっと「読みたい本リスト」に入りっぱなしになっていた田牧大和さんの『泣き菩薩』。やっと読むことができました。

 若き日の歌川広重こと八代洲河岸定火消同心・安藤重右衛門と彼の同僚であり年嵩の幼馴染でもある西村信之介、猪瀬五郎太。

 童顔に純真な心、十九歳という年の割に子供っぽいいじられ役にして、一度目にしたものは克明に記憶して忘れない天才画家の卵・広重。ちょっと気短で皮肉屋だけど、役者のような整った顔に火事場では頼りになる明晰な頭脳と判断力、「八代洲河岸の孔明」と渾名される信之介。気は優しくて力持ち、堂々たる体躯をもつ八代洲河岸きっての剛力、顔が広く面倒見のいい五郎太。

 とある寺でおきた菩薩像が燃える小火騒ぎの探索をきっかけに、連続する不審火の謎に関わることになった広重、信之介、五郎太。友情と信頼で結ばれた幼馴染三人組がそれぞれの魅力をフルに見せつけてくれます。三人の上司である与力・小此木さんとその愛馬「東風(こち)」の格好良さにも興奮することこの上なしです。


 それにしてもこの作品、読者層がどのあたりなのか気になる。

こちら↓の作品などは

 表紙イラストからしてそのスジの女性を狙っているようでもあるけど、『泣き菩薩』の方はちょっといい人情話風の表紙であるし(単行本の表紙は広重の浮世絵)・・・。もしも、通勤電車でよく見かけるような時代小説好きのお父さん方がこの作品を読んだら・・・この主人公たち三人の甘すぎる気もする幼馴染の絆を何と思うのだろう? それとも、男の友情ってわりとみんなこんな感じなの?



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2015-06-06

マンガと音楽の甘い関係 : 高野麻衣

『マンガと音楽の甘い関係』 高野麻衣

 楽しく読めるごく軽めの読み物のつもりで手に取ったのに、読み始めて数ページでけっこうキツイ敗北感を味わうことになった。

 それは「序章」で語られる『きのう何食べた?』がらみのエピソード。6巻で「冴羽獠ファン」であることを告白する興奮気味のケンジを眺めながら、著者はそれを以前から「知っていたよ」という。なぜなら3巻で流れるシロさんからの着信音が『Get Wild』だったから。

 ・・・確かに私もあのコマを見ながら「ケンちゃんはシロさんからの着信音を『Get Wild』に設定してるんだな」と思った。『Get Wild』がアニメ『CITY HUNTER』の主題歌だということも知っていた。でも、そこから「冴羽獠ファン」というケンちゃんのバックグラウンドに思い至るほどの読み込みはしていなかった。

 こんな調子で、マンガの読み手や音楽の聴き手としてのリテラシーの差を思い知らされる場面がいくつかある。『銀魂』の銀さんが「音楽を聴かない」人であることの意味とか、『のだめカンタービレ』~ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」の演奏シーンで「千秋のモノローグ」は曲のどの部分で発せられたのか、とか・・・。私は『銀魂』も『のだめ』も読んだことないのだけど、たとえ読んでいたとしても、マンガの中で鳴る「音楽」をどれだけキャッチし、マンガに描かれた「音楽」からどれだけの「物語」を感受することができただろう?

 「少女マンガ」によってかきたてられるときめき、あこがれ、知識欲・・・そういったことが繰り返し本書の中で語られているのを目にすると、あらためて私って「少女マンガ」という<教養>を身につけてこなかったんだなぁと思う。

 著者が言うとおり「美しいものから愛される自分でいたい。なにより美しく生きたい---」そういう気持ちを私もマンガから学んだ。でも、私がその多くを学んだのは「少年マンガ(主にジャンプ)」からであり、憧れは「美しく」というより「正しく、強く」というところに向かったんだよなぁ・・・。やはりそこで養われる感性は、「少女マンガ」で育まれるものとは違う・・・よなぁ、多分。



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2015-03-14

日本〈聖女〉論序説  斎宮・女神・中将姫 : 田中貴子

『日本〈聖女〉論序説 斎宮・女神・中将姫』 田中貴子

 女性に備わった生命を産む力ゆえに女性を神秘な存在であるとする見方、聖性や神秘性は女性に本来的に備わったものであるという考え方に疑問を呈す。

 聖女たちの「聖性」は女性が本来的に持つものではなく、あくまでも社会的、文化的要請によって女性に付与されていったものであるという考えのもと、女性薬「中将湯」にその名を残す中将姫の物語、天皇家と神を結ぶ斎宮たちや、中世の苦悩する女神たちの物語を読み解く。

 物語の中で中将姫が女性ゆえの苦悩を負わされていく過程、天皇家を神を結ぶものである斎宮たちのありかたが時代によって変化していく様子、苦悩する神がなぜ女の神として現れるのかなどを検証しながら、社会的、文化的枠組みのなかで物語の語り手、また物語を受容した人々が「女性」に注いだ視線がいかなるものであるかを明らかにしていく。

 
 この論考中一番の不思議は、最初の数ページ目にあらわれる、少女の頃の著者が(ツムラの)バスクリンを使った風呂に入りながら、母と会話をするくだり。「(ツムラの)中将湯って何」という著者の問いに母がこたえた「血の道の薬」という言葉に幼い著者が感じたショック。

 「聖性」や「神秘性」が社会的・文化的枠組みの中で女性に付与されたものであるなら、それらと表裏一体の関係にあるような女性の「悪業」「けがれ」といったものも文化的な産物であると考えることもできると思うのだが・・・。だとすると、「血の道」といわれてもわけのわからない子供であった著者が感じた『頬に赤黒いものをべたりとなすりつけられたような不快感と、自分とまったくかかわりのない言葉ではないという、漠然とした恐怖』とは何だったのか。



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2015-02-07

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? : フィリップ・K・ディック

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 フィリップ・K・ディック

 死の灰が降り積もる荒廃した地球。多くの生物が死滅し人口の激減した世界。人間社会に開いた虚しい空白を埋めるのは精巧な電気動物やアンドロイドといった疑似生命。

 地球を捨てた人類の移住先である火星から逃亡した反乱アンドロイドを狩るバウンティー・ハンターのリック。人間として社会に潜むアンドロイド。人間とアンドロイドを見分ける唯一の方法が「感情移入度」を測定するテストだけって・・・。

 やたらと「共感」や「感情移入」ということに拘泥する人間たちが何だか滑稽で、むしろアンドロイドたちのあり方の方が良い意味でクールに思える・・・というのは、この作品が描かれた時代に危惧された(のかもしれない)近未来の人が直面する人間性の危機ってやつなんだろうか?

 ふと、私にとってとても衝撃的だった新渡戸稲造『武士道』の中の言葉が思い出される。

もし愛情が徳の行動に結びつかない場合は、頼りになるものは人の理性である。その理性は、直ちに人に正しく行動することを訴えるからである。


 機能不全に陥ってしまった「愛情」~「共感」や「感情移入」を、機械を使った疑似体験や動物を愛玩することで補おうとする人間も、正しく行動するための「知性」や「理性」に優れていても、その大元にあるべき「愛情」を欠いているアンドロイドも・・・どちらも哀しい・・・のかなぁ。



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2014-11-22

ゲニウス・ロキ 異形建築家阿修羅帖控 : 田邊剛

『ゲニウス・ロキ 異形建築家阿修羅帖控』 田邊剛

 横分けの短髪、丸眼鏡、白シャツ腕まくり、サスペンダー、チョッキ、革のブーツ、外出時にかむっているのは山高帽かパナマ帽か?ツバの広いちょっと変わったデザインの帽子・・・帝大教授にして妖怪ハンターの異形建築家・伊東忠太の容姿・服装が私の妄想どおりで嬉しい。まさに「見たかったものを見せてもらった」という感じ。

 ただ、画の書き込みは凄いんだけど(書き込みが凄すぎて何が描かれているのかわかりづらいくらいに)、ストーリーの書き込みの方がもうちょっと・・・。地霊、神獣、怨霊、妖怪、精霊・・・忠太が相対する「この世ならぬものたち」が一体どういう存在のものであるのか・・・とか、それらを阿修羅帖に封印するさいに使っている術や道具がどういう理屈で作動しているのか・・・だとか。オカルティックな現象に対しての説明があっさりしすぎ(もしくは皆無)で、いまひとつ興が乗らない。

 ウソでもいい、本当らしい蘊蓄で私をすっかり丸め込んでほしかった・・・と思うのは、京極堂の流儀に染まりすぎているせいかなぁ。

 あとね、建築家としての側面ももっと生かしてほしかったな、とか。建築家としての仕事をしているのは第一話だけだもの。(第2話も建物が関わる話ではあるけれど)

 とは言いつつ、第4話「妖怪百鬼夜行絵巻」で、大学の新年会を抜け出し付喪神たちと交わって楽しそうにしている忠太の姿は愛しくて、「続編があるといいなぁ」とか思います。



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