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2020-07-04

国宝 : 吉田修一

『国宝』 吉田修一

 極道の家に生まれながら数奇な縁で歌舞伎の家に迎えられ、芸の道をひたすら進む美貌の女形花井東一郎こと立花喜久雄~後の三代目花井半二郎。華やかな光をあびるとともに、数々の悲運、苦難に見舞われ辛酸をなめながら、ただ芸道と己が求める美に身を捧げ、やがて美の極みに殉じていった孤高の女形。

 物語をぐいぐい引っ張っていくのは、喜久雄と彼をとりまく人々の姿を、時にカメラをぐっと引いて大きく俯瞰で映し出し、また時に息づかいを感じるほどに近寄ったクローズアップで切り取ってみせる軽妙で小気味よい語り。時と場所を移しながら、嬉しいことはもちろん、つらいこと、哀しいことも、しんみりとはするけれど、じめじめとはしない、どこかあっさり、さらりとした口調で可笑しみに紛らせて語っていく。

 実はこの「語り」が曲者で、物語が終盤にさしかかる頃、この「語り」こそが、喜久雄が身を置く美しくも残酷な美の彼岸と、私たちがその美を安全に享受するこちら側とを画する「一線」であったことに気づく。

 その「語り」が意図的にこの「一線」を曖昧にし始めた頃から、大きくうねりながらもどこかゆったりとしていた物語の流れは、にわかに急をつげ、喜久雄が見ているもの ~ その恐ろしいほどの美しさ、激しさ、残酷さ、尊さが、わずかに「こちら側」に漏れ出してくる。

 そして、喜久雄の姿を見つめ、語っていたものが何者であったのか・・・それを思うとゾクリとするのだ。


 

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2020-06-20

きのね : 宮尾登美子

『きのね』 宮尾登美子

 昭和の劇界で人々の目にその美しい姿を焼き付けた歌舞伎役者と、その傍らでひっそりと、しかし烈しく生きた女の生涯。


 下巻にとりかかったあたりから、主人公・光乃の姿に道成寺の清姫が重なって見えるようになってきた。

 ・・・と、言うと、瞋恚の炎を燃やし、恋した男を追いつめる清姫の負のイメージを思い起こさせてしまうかもしれないのだけど、う~ん・・・なんというか、そういう意味ではなくて・・・。

 これと思い定めた相手に一生かけて尽くそう、なにがあっても、どこまでも傍に居ようと思う一途さ、健気さ。人の言葉や世間の道理では決して鎮まることのない炎を身の内に燃やしている強さ、激しさ。そういうものが清姫を思わせた。

 主とする人の気持ちや言葉一つで運命が変わってしまうような頼りない境遇にありながら、世界の中心に雪雄という類い稀な歌舞伎役者の姿を大写しに映した光乃の「私」は揺るがない。その一途な思いと、身の内に燃える炎をたよりに、身に降りかかる苦難も、自分の力が及ばない世の出来事も、「私」という茫漠とした入れ物に取り込み、やわらかく呑込んで生きていく。

 正直、私には光乃の、まさに「思い込んだら命がけ」な献身、愚直さ、一途さが恐ろしい。それは、清姫のように激しく燃え上がるのではなくても、やはり周囲の者を、そして何より自分の身を絶えず焼き続ける炎を宿しているようなものではないか。

 最初は多少のやっかみや反発も感じながら読んでいた光乃という女の生きざま。読み進めるうち、怖いなぁ・・・と思いながらも、その静かに燃えるような女の生の迫力に見込まれたように目が離せなくなっていた。


 

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2020-06-06

虚実妖怪百物語 序/破/急 : 京極夏彦

『虚実妖怪百物語 序/破/急』 京極夏彦

 Stay Home

 もともと、自分の部屋に籠って過ごす時間が一番幸せだと思ってる質で、Stay Home自体は苦にならないし、日本は街が封鎖された訳ではなかったし、私の勤務先は出勤人数を減らしつつも営業はしていたので収入が絶たれるということもなく、食材の買い物に行く頻度が減った他は、緊急事態宣言下でも、割といつも通りの生活をしておりました(もちろんこの状況で色々思うことはありますが)。ただ、まあ仕事帰りにぶらぶらと本屋に立ち寄るなんてことはしばらくできなくなるだろうと。ならば、なるたけ読みでのある分厚い本を買っておこうと、緊急事態宣言が出された直後ではあったけど、勤務先近くの本屋であわてて買った一冊。文庫版で厚さ約5センチ。


 妖怪雑誌編集者を前に叫ぶ水木しげる御大。
「目に見えないモノがニッポンから消えてるンですよあんた!」

「このままではあんた、ニッポンはおかしくなりますよ。人間ってのはあんた、お化けがいなくちゃ」
 
生きてはいけんのですよ。


 世の中から「心霊現象」と呼ばれていたことどもが消え、同時に日本各地では妖怪たちが姿を現しトラブルを巻き起こす。頻発する不可解な現象に社会機能は混乱を来たし、余裕をなくした人々の心は荒廃、街は無法地帯と化す。

 この禍の元凶として妖怪(と妖怪関係者)が槍玉にあげられ激烈な迫害を受ける中、日本を覆った未曾有の危機に、妖怪にどっぷり浸かった妖怪馬鹿たちがなんとなく立ち向かう。

 宣伝文句には「京極版『妖怪大戦争』」とあるけれど、私は『妖怪大戦争』を知らないので、イメージとしては「京極版『帝都物語』」である。

 ああ、『帝都物語』(映画版)、何と愛しく、懐かしく、忘れ難い映画であることよ。「加藤が来るぞ~」の異様な高揚感だとか、魔人・加藤をこの世に存在せしめた嶋田久作の異相とか、佐野史郎の脇役とは思えない存在感だとか、西村真琴博士の懐古的未来感とか、幸田露伴の粛然とした魔術師ぶりとか、寺田寅彦の意気揚々たる科学者ぶりとか、ギーガーデザインの禍々しい護法童子とか、大きすぎる月とか・・・

 ・・・話が逸れた。が、つまり、この妖怪、幽霊、太古の邪神、虚構の魔人に小説家や漫画家、研究者が実名で登場し、虚実入り乱れて繰り広げられる物語を、↑のような高揚感、ワクワク感をもって読んだということ。否が応にも緊迫感、悲壮感が増すべき最終決戦に向けて、戦いの様相がおかしなテンションで弛緩していく脱力ぶりは、妖怪馬鹿の面目躍如ということだろうか?

 Stay Home期間を潤してくれた一冊だったのだけれど、今の状況下ではどうしても、経済社会の中では無駄の塊、何ら「実用」を為さない妖怪=「不要不急」と読み替えられて、微妙に切ない。

 虚実綯交ぜの物語の構成~「フィクション」が「現実」に侵入してもたらす脅威も、「デマ」が「現実」になりかわる様を目にした今では、ただ趣向として楽しむ感覚ではいられない。

 虚実はまさに表裏一体ということが露わになってしまった。



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2020-05-23

人間のように泣いたのか? : 森博嗣

『人間のように泣いたのか? Did She Cry Humanly?』 森博嗣

 キョートで開かれる人工生命と人工知能に関する国際会議。その席上では、ウォーカロン・メーカの連合組織・ホワイトによる人間の生殖に関する画期的な技術についての発表が予定されていた。会議の実行委員であるハギリは、その発表を武力で阻止しようとする計画のあることを知らされる。

 人間をはるかに凌ぐ演算能力を持つ人工知能、人が作った生命であるウォーカロン、長い寿命を得た人間。すでにかなりの現実味を帯びて感じられる、それらが共存する世界、様々な共存のかたちを、いくつかのシチュエーションの中で提示してみせたWシリーズ。

 最終巻を読み終えたわけですが・・・やっぱり、色々とわからないことが残ってしまった。すべてがクリアになる結末に向かってストーリーが進んでいるわけではないなぁ・・・と途中から感じてはいたので、驚いたり、がっかりしたりはないのだけど、「あ~、やっぱり他シリーズも読まなきゃいけないんだなぁ」・・・と、そういうプレッシャーが重いです。ふぅ。

 これからボチボチとでも答えにたどり着けるといいなぁ、と思っている疑問は主に以下の4つ。

 1.シリーズ序盤でハギリ博士の前に現れた少女ミチルは何者なのか(ミチルを知るきっかけになる本に仕込まれたメッセージの謎も含め)。

 2.そもそもなぜハギリ博士は襲われたのか?(ウォーカロンを判別する技術って、あの時点でそんなにやばいものだったのか?) そして、なぜマガタ博士はハギリに接触してきたのか。

 私にとっていちばんの謎は、「なぜハギリなのか?」ってとこなんですよね。これは「ハギリ博士は何者なのか?」がわからないと解けないのかな、とも思うのだけど。読者の方々はハギリ博士が何者かわかってるもんなんでしょうか?

 ついでに言うなら、ハギリ博士というのは、この作品世界の中において割と一般的な人なのか、それともかなり稀なタイプなのか? 作中に「変わってる」とか「変人」とかいう言葉も出てくるから、後者なのかなぁと思うけど、私にはハギリ博士がそんなに変わった人とは思えなくて、それがよけいに「なんでハギリ博士なのか?」をわからなくしちゃってる気もする。

 3.マガタ博士はなぜ今になってサエバ・ミチルを取り戻そうとしたのか。

 4.キガタの容姿がクジ・アキラに似ている・・・ということは・・・?

 これは、これから書かれるのかもしれないことも含めて、他シリーズに広がっている部分を読んでいかなきゃいけないのかな。楽しみではあるけど、しんどくもある。



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2020-05-09

天空の矢はどこへ? : 森博嗣

『天空の矢はどこへ? Where is the Sky Arrow?』 森博嗣

 ウォーカロン・メーカ イシカワの社長ら関係者を乗せたチャーター機が消息を絶った。時を同じくして、九州にあるイシカワの施設がテロによって占拠されたとの情報がもたらされる。

 警察やウォーカロン・メーカの連合組織ホワイトの部隊とともに施設に突入したハギリたちが目にしたのは、施設の従業員である多くの人間、ウォーカロンの遺体と、自分自身のほとんど全てを消し去った施設のメインコンピュータ・カンナだった。

 うっすらと物悲しい気分に包まれて読んだ。この物悲しさはどこから来たのか・・・。

 あと一冊と少しでこの物語が終わってしまうという別れの寂しさか。動かなくなって打ち捨てられたロボット(とそのロボットが過ごした過去の時)のイメージに感傷のスイッチを押されたからか。何か深い欠落を感じさせた百年シリーズのミチルとロイディの姿を思い出すからか。ハギリは何者なのか? ハギリは自分が何者であるかを知っているのか?と落ち着かない気持ちになるからか。本来の多人格性を抑制されて育つ人工知能が『切り捨てられる部分に哀愁を抱く』というオーロラの言葉が刺さったせいか。
 
 さて、最後の一冊を読もう。すべてが明らかになるわけではないと思うけど。




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2020-04-25

邪悪なものの鎮め方

 「冷静でいよう」「明るくいよう」と思っていても、自分の選択や判断が果たして正しいのかどうか、ホント正解がわかんない中で不安になることもある。でも、こんな時にどうするべきかの一つの指針になりそうな本を以前読んだな、と、自分のブログの過去記事を検索する。

 内田樹氏の『邪悪なものの鎮め方』。十年ちかく前に読んだとき、こんな感想を書いていた。当時は、今抱えているもやもやとはまた別なもやもやをどうにかしたくて読んだようだ。

『邪悪なものの鎮め方』感想 http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-523.html

ブログ過去記事より
 ・「それ」とかかわるときに、私たちの常識的な理非の判断や、生活者としての倫理が無効になる。
 ・だからといって何もしないで手をつかねていれば必ず「災厄」が起こる。

 「邪悪なもの」とはそういうものであるとし、そういうものから生き残るために著者が見つけた答えは「ディセンシー(礼儀正しさ)」と、「身体感度の高さ」と、「オープンマインド」であると「まえがき」には書かれている。

本文より
「邪悪なもの」をめぐる物語は古来無数に存在します。そのどれもが「どうしていいかわからないときに、正しい選択をした」主人公が生き延びた話です。


 うん、しっかりしよう。



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2020-04-18

血か、死か、無か? : 森博嗣

『血か、死か、無か?  Is It Blood, Death or Null?』 森博嗣

 フランスの修道院で発見されたベルベット ~ ハギリたちに危害を加えようとしたために停止させられたスーパーコンピュータ ~と通信した形跡のあるコンピュータ・イマンの調査のため、ボッシュ博士の要請を受け今度はエジプトへ発つハギリ。

 調査は思ったほどの成果を上げぬまま終わるかに見えたが、蘇生したナクチュの冷凍遺体、ベルベットのいた修道院のオーナの正体、百年前の殺人事件・・・様々な事柄の繋がりが見えはじめ・・・
 

 ここにきて、堰を切ったように一気に流れ込んできたなぁ、シリーズ初めの頃からチラチラと姿の見えていたあの人達の物語が。これだけ読むと百年シリーズの続編か?!と思うほど(あ~、百年シリーズ読み返さなきゃいけない)。え~っと、そうすると、ベルベットやオーロラや、アフリカのテルグのウォーカロンたちは、全体の中のどういうパーツとしてつながっていくんだ? 

 う~ん、このシリーズ、あと2冊で収束するんだろうか? いや、むしろさらに拡散するのか・・・。


 ここまで読んできて、モヤモヤする疑問がいくつか・・・

● で、結局、イマンが「人間を殺した最初の人工知能」と呼ばれた理由は? (あ~、これは今回のストーリー終盤で見せたみたいに、自己の判断でユーザーに同調しない振る舞いをすることがあるってことか・・・な?)

● ハギリ博士の夢に現れたオイルのイメージは何なの? 何かに繋がるの?

● 「デボラ」と「デボウ」の発音の違いには何か意味があるのかしらん?

● 「モラン」って誰だっけ?




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2020-04-04

ペガサスの解は虚栄か? : 森博嗣

『ペガサスの解は虚栄か?  Did Pegasus Answer the Vanity?』 森博嗣

 パリの博覧会から逃亡したウォーカロンにはクローンを産む疑似受胎機能が搭載されていた可能性がある。スーパーコンピュータ・ペガサスからの示唆を受けて、ハギリたちは、そのウォーカロンが潜んでいると思われるインドの資産家のもとを訪ねる。

 八人の夫人と三人の子を持つ資産家・ケルネィは最近生まれた三人目の子の出生に不審を抱いている。

 人間、ウォーカロン、クローン・・・どこからが人間で、どこからが人間でないものなのか? それらを区別するものは何なのか? 

 このシリーズ中、繰り返し提示されてきたこの問いの中で、今回繰り広げられるのは、この作品世界においては随分旧態依然としたものに見える血縁に絡んだ愛憎劇。合理的とは言えない行動を彼らは何故とったのか?

 肉親であるが故に生まれる感情、関係とともに、人と人が、人とウォーカロンが、人とAIが、AI同士が何等かの関係性を保つことによって生まれる様々なものが描かれる。エピローグで語られるペガサスの状況は・・・ちょっと誰か、何とかしてあげてほしい。


 ハギリ博士、何だか守られることに慣れちゃって、ちょっと駄々っ子のようになっていないか? もうちょっと、護衛の皆さんの言葉に耳を傾けるべきじゃないでしょうか? そういえば、『デボラ、眠っているのか?』でだったか、「ハギリ博士って、ひょっとしてウォーカロンなのか?」って思った瞬間があったんだけど、あれは何でそう思ったのかなぁ。




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2020-03-22

青白く輝く月を見たか? : 森博嗣

『青白く輝く月を見たか?  Did the Moon Shed a Pale Light?』 森博嗣

 長い間、人間社会のあらゆるデータを収集し、学習を積み、今や自分の思考の中に閉じこもってしまったスーパーコンピュータ・オーロラ。五千メートルの深海に引きこもってしまったオーロラとの対話を試みるべく、北極基地へと赴くハギリ。

 詩情を解する孤独なAI。AIと人間の間に生まれる友情、恋愛。氷に閉ざされた深海。青白い月。親愛なる人へ贈る花束。

 これまでになくロマンティックなお話。ちょっと感傷的な古いSFを読んでいるような感触。



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2020-03-07

私たちは生きているのか? : 森博嗣

『私たちは生きているのか?  Are We Under the Biofeedback?』 森博嗣

 ウォーカロンが大勢集まって暮らすという村の情報を得て、ハギリたちはその村~『富の谷』があるというアフリカ南端へと赴く。無邪気な案内人ローリィに連れられて『富の谷』を訪れたハギリたちの前には・・・

 様々なかたちの「生きているもの(仮)」たちが登場する。最後のページを閉じた後、改めて表紙を見て、「ああ、そういうタイトルだったのだなぁ」と気づく。

 自分を「人間ではない」「生きていない。生きているものではない」というローリィの真意、彼の生のかたちについては、もう少し考え続けてみたい。



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