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2019-11-09

きつねのはなし(再読) : 森見登美彦

『きつねのはなし』 森見登美彦

 再読。

 数年前に読んだときのイメージとして残っていたのは、お話しの背景となる京都の町の暗闇と、説明のつかない出来事の不気味さばかりだったのだが・・・

 古道具屋、きつねの面、幻燈、妙に胴の長いケモノ…夢か現か曖昧な、そういうものたちの存在と共に語られる4つの話は、改めて読んでみると、胸に深く刻まれた今はもういない人、人生の中で過ごした最も忘れがたい時間を思って綴られる恋文のようでもあって、とても切ない。



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2019-10-26

十蘭万華鏡 : 久生十蘭

『十蘭万華鏡』 久生十蘭

 久生十蘭初読み。

 欧州の街を舞台にした冒頭2篇を読んだところで、そに漂う躁的とも感じる高揚感は、渡辺温の作品に感じた都市の気分と似通っている気がして、「・・・時代、なのかなぁ・・・」と思う。

 ただ、渡辺温の小説には、都市の光と共にある闇や陰鬱さを描く暗いトーンがあったのだけど、十蘭の方は情愛、悲しみ、奇妙、不可解、滑稽、恐怖・・・何を書くにしても、ずっと目を見開きっぱなしでいるような異様なハイテンションと緊張感が続いていて、いったい何が起きているのか・・・と眩暈がしてくる。そして、ぐるぐると目を回している私を振り落として語りは終わる。


渡辺温『アンドロギュノスの裔』感想・・・http://neconohitai.blog71.fc2.com/blog-entry-561.html


 

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2019-10-13

葵の残葉 : 奥山景布子

『葵の残葉』 奥山景布子

 尾張徳川家の分家である高須松平家に生まれ、『葵の末葉』として幕末を生き抜いた兄弟たち。

 尾張徳川家を継いだ慶勝。政局に翻弄されながら一橋家当主となった茂栄。会津松平家を継ぎ京都守護職となった容保。桑名松平家当主となり京都所司代に任じられた定敬。

 佐幕、勤皇、開国、攘夷・・・思惑や立場を違え、それぞれの役目と運命を担うことになる四兄弟。

 一つの現実が、見る者、聞く者、話す者の立場、思惑の違いによっていくらでも姿を変える世の中にあって、そこにあるものをそのままに写し記録する写真鏡がどこか悲しくも清々しさを感じさせるアイテムとして登場し、同時に、その写真鏡を愛する慶勝の想い、人となりを印象付ける。

 兄弟たちに襲いかかる運命を静かに写し取る筆致が切なく染み入ってくる。

・・・・・・

 以前、友人が徳川美術館でお殿様の撮った写真の展覧会を観たといっていたなぁ。また機会があれば、私もお殿様の写真を観てみたい。



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2019-09-28

歌右衛門伝説 : 渡辺保

『歌右衛門伝説』 渡辺保

 六代目歌右衛門の名は、いつからといくことはなく昭和の名女形の名前として頭にあったが、私はその舞台での姿を観たことはなく、私の中にある六代目歌右衛門イメージといえば、橋本治の描いた役者絵の姿なのである(『橋本治歌舞伎画文集―かぶきのよう分からん』)。描かれた歌右衛門は物語の住人そのままの、どこか現実離れした異様さを漂わせて見えた。

 そんなイメージが頭の中にあったから、著者の本書に先立つ歌右衛門論『女形の運命』を読んだ時には、著者の言う「歌右衛門の近代性」ということを半ば無視していたような気がする。

 本書は改めて、「歌右衛門が近代的な役者である」ということからスタートする。歌右衛門の「近代性」をもって演じられてきた役が、歌右衛門の老いていく身体と共にどのように変化を遂げていったか。精神性を深め、不自由になっていく身体と向き合って生み出された役が、合理性も物理的な存在も超えた「幻想」へと昇華されていく様を、著者は自らの見てきた歌右衛門の中にかみしめる。


 観劇経験の浅い私でさえも、歌舞伎を観ていると、理屈や言葉を超えて、まるで雷に撃たれるように、あるいは肌から染み入るように何かが「わかる」瞬間や、物理的には見えないはずのものが、舞台の上に幻のように、またはありありと「見える」瞬間がある。

私は、その陶酔感のなかで、不思議なものを見た。

 本書は、長く舞台をみてきた著者の、言葉を超えて「わかる」、見えないものが「見える」感覚に満ちている。著者が歌右衛門に「見た」ものとの長い時間をかけた真摯な対話である。


  

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2019-09-14

太陽と乙女 : 森見登美彦

『太陽と乙女』 森見登美彦

 酷い暑さと大雨の波状攻撃に削られた体力、鈍く痛んで重たい頭。そんな状態でもゆるゆるとやさしく読めて、読み終わった時には少し良い心持ちになれるような読み物を求めていた。これは、そんな時にうってつけの一冊。

 読み進めることしばし・・・、現れた『使いすぎると、みなカレーになってしまう』というパワーフレーズに、ランチ時のドトール店内であるにもかかわらず堪らず「ブッ」と吹き出す。吹き出すと同時に身体と頭を覆うモヤモヤが少し晴れた。

 そして、これは意外にもというか、ちょっとした驚きだったのだけど・・・。収録されたエッセイの中に、東京都内の廃駅跡をめぐる1日を記したものと、姫路から益田まで単行列車を乗り継ぐ旅の顛末について書いたもの、鉄道にまつわる文章が2つあるのだが、これがあまり面白くない・・・。本書の中にも登美彦氏が内田百閒を愛読する様が書かれており、さぞかし『阿房列車』ばりの面白くかつ不思議な味わいの鉄道エッセイが・・・と思っていたところが・・・。ワクワクも、微笑ましい偏屈さも、煙に巻かれるような詭弁もない。何だか大人しい文章が綴られているのに拍子抜けするのだが、「やはり登美彦氏の本領は、外の世界にではなく四畳半に据えた机上にあるのか・・・?」と思うと、その面白くなさも、少し面白い。

 一方で、登美彦氏の妄想世界と地続きであるような馴染みの町の様子、風景を語る文章には不思議な生命力がある。そういう妄想だか現実だかわからない登美彦氏の描く風景を読んでいると、ときにふわっと、ときにザワザワと風が吹き抜けていくんだよなぁ~。  



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2019-08-24

オリガ・モリソヴナの反語法 : 米原万里

『オリガ・モリソヴナの反語法』 米原万里

 1960年~64年少女時代の数年間をプラハのソビエト大使館付属学校で過ごした志摩。志摩が通うソビエト学校には殊に印象深い二人の女教師がいた。派手な1920年代ファッションに身を包み独特の反語法を駆使して厳しく巧みに生徒を指導する舞踊教師オリガ・モリソヴナと、19世紀風の古風なドレスを身に着け、志摩を見つける度に「中国の方?」と尋ねてくるフランス語教師エレオノーラ・ミハイロヴナ。二人はソビエト学校の中で飛び抜けて個性的であると同時に多くの謎を秘めた女性だった。

 志摩は敬愛するオリガとその友人エレオノーラの謎を解くべく、ソ連崩壊後のロシアに赴く。

 資料をあたり、当時を知る人をたどり、話をつなぐうち明らかになっていく二人の波乱に満ちた過去とソビエトの暗い歴史、残酷な事実。謎を追うごとに明らかになっていくのは耐え難い暴力と不条理に満ちた現実と、それにさらされた人たちの痛苦、悲嘆なのだが・・・。

 それでも行間に溢れるのは、その地に息づく文化の豊かさであり、そこに生きる人々の暮らしの微笑ましさや愛しさである。そして、それらを凝縮したものこそオリガ・モリソヴナの反語法であり、オリガの生き方だったのだ。 




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2019-08-10

女たち三百人の裏切りの書 : 古川日出男

『女たち三百人の裏切りの書』 古川日出男

 なんで『女の裏切り』にこだわったのか、そこんとこがよくわかんない。

 既存の物語を読み替え、語り直し・・・。語る者、聞く者、書く者、読む者たちを取り込み、巻き込んで、やがて物語は分裂し増殖する。物語は物語の外の世界に滲み出し、外の世界は自ら物語の一部となり・・・。

 物語の中で語られる物語、その外側にある物語、さらに外側でその物語を読む者への問いかけ・・・重層的な仕掛けで紫式部の『源氏物語』宇治十帖が次第にその姿を変えていくのだが・・・

 一番引き込まれたのは、物語が大きく動き変わっていく後半よりも、式部の宇治の物語をほんの少しだけずらして語り直す物語序盤の部分であって、さすが『人を惑わす物語を語った罪で地獄に堕ちた』といわれる紫式部の凄みを改めて感じさせられたのだった。



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2019-07-20

ののはな通信 : 三浦しをん

『ののはな通信』 三浦しをん

 無邪気でふわふわした(だけではない)はなと、クールで思索的な(もちろんそれだけではない)のの。文字には乗せきれない沢山の思いを込めて交わされる二十数年間にわたる往復書簡。

 先日、『あの家に暮らす四人の女』を読んだときには、もっと共感できても良いはずの登場人物たちを、いまひとつありありと感じられない自分に戸惑ったりしたのだが・・・。あれは、描かれているのが「大人の諸問題」~ほぼ頭で考えて処理しちゃうような事柄だったからなのかもしれない。しかし、こと青春時代のあれこれとなると、頭で考えることなど何ほどのものでもなくなるくらい圧倒的に吸引力が違うのだということを身をもって味わった。巻き込まれすぎてぐったりだ。

 第一章と第二章は、ののとはなの高校~大学時代。ああ、これは! 私が10代から20代の初めに過ごした時間そのもの。

 私が過ごした10代も、丘の上に建つカトリックの女子校に通い(作中同様、近くにはカトリックの男子校もあった)、休み時間の教室や自習中の図書室で、『日出処の天子』や、『ネバーエンディングストーリー』のおっさん顔のドラゴンや、『ミツバチのささやき』のアナ・トレントについて語り合う毎日だった。それに昭和六十三年、四月初めの東京に雪が降った日のことも鮮明に覚えている。あの日、私たちはお花見に行く予定で、手作りのお弁当なんか用意していたんだよなぁ。

 そして何より・・・、昭和が終わろうとするその頃、自分の中の愛すべき大切な何かをもうすぐ失うのだろうと感じていたこと。これから自分が失ってしまうものたちに、それでもいつか『また会えるといいね』と願っていたこと。ああ、あまりに似ている。


 第三章・第四章は第二章から二十年ほどが過ぎ、それぞれの場所で生きるののとはなの再会とその後。

 青春時代に育まれた自分の芯となるものをしっかりと抱いて、自分の居場所、在りよう、進むべき道を模索しながら生きていく二人の姿に、若かった頃の私にも、守り、支え、寄り添い、指針となってくれたものがあったことを思い出し、これまでも折に触れて頭をよぎることのあった問い~「私は少しでも良い大人になれているだろうか」ということを考えた。

 
 
 ところで、第二章の残酷なまでに無邪気なはなと、その無邪気な甘やかさに抗えないのの・・・。「なんだか甘ったれの蓑原くんにいいように振り回される諸戸道雄みたいだ」と思ってしまったのだけど、『孤島の鬼』はきっと二人も中学か高校の頃に読んでて、諸戸道雄の哀しい恋と献身について熱く語りあったことなんかもあっただろうね。




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2019-07-06

グッド・バイ : 太宰治

『グッド・バイ』 太宰治

 数年前に読んだ森見登美彦『四畳半王国見聞録』「グッド・バイ」で胸の奥に埋めた古傷から血の吹く思いをして以来、いつか本家太宰の「グッド・バイ」を読もうと思っていたんである。

 太宰最晩年の作品5篇が収録されたこの文庫、今更、あえて感想なんて言うのも何だ・・・という気もするけれど・・・。

 もうヤバさしかない「トカトントン」はおいといて、「パンドラの匣」「ヴィヨンの妻」「眉山」「グッド・バイ」・・・。災厄いっぱいの世の中で匣の隅にわずかに残された明るみの如き療養生活を送る青年や、酒に溺れてダメの極みを行く男、その傍で妙に逞しい女たち。「・・・もうダメだぁ」という叫びや、つぶやきや、呻き、視界の端に見え隠れどころか、がっつり姿現しちゃってる死の気配を、もう眉毛を困ったな~の形にして情けなく笑うしかない滑稽さでくるんだこれらの小説を、いったい私はどんな顔をして読んで、読んじゃったあとのこの気持ちをいったいどこに収めればいいんだろう?


 
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2019-06-22

シューマンの指 : 奥泉光

『シューマンの指』 奥泉光

 指を失ったはずのピアニストがシューマンの故郷の町の小さなホールでピアノを弾いていたことを報せる手紙と、それにつづいて綴られる「私」の手記。長いあいだ封印されていた天才ピアニスト永嶺修人をめぐる記憶が、何事かを秘めた言葉で語りだされる。

 何が語られようとしているのか、語られる言葉は何を隠しているのか・・・。懐かしさと愛しさと不吉さが混ざり合う(それは、手記に記される『永嶺修人の語るシューマン論』と並行するような)語りの先に仄見える決定的な出来事。何かがおかしい。その不穏さに緊張しながら、導かれるままに読み進める。

 シューマンが聴き、表現しようとしたもの、修人が奏でるビアノの音、この世に遍く存在する「音楽」の姿、その「音楽」に撃たれる体験 ~ 五感に触れてイメージを溢れさせる言葉の渦まく流れ。その流れに巻かれ陶然となりながら、「私」の体験と感覚を共有する。やがて静かに終息していく感覚の渦。最後の音の余韻の中で天才ピアニスト永嶺修人をめぐるミステリーのページを閉じた。


 歌人・穂村弘氏の読書日記『きっとあの人は眠っているんだよ』の中で、【天才ピアニストの悪魔的魅力】と題されて、永井するみの『大いなる聴衆』、飛浩隆の「デュオ」とともに紹介されていた一冊。


 

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